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哲学と世界を変えるには――石田英敬 × ユク・ホイ × 東浩紀イベントレポート

哲学と世界を変えるには――石田英敬 × ユク・ホイ × 東浩紀イベントレポート

伊勢康平(ゲンロン編集部) @yisikp

 

東アジアの三人の哲学者が、通訳をまじえずに英語で議論をする。そんな日本ではかなり挑戦的と言えるイベントが、五反田のゲンロンカフェで開催された。二〇一九年八月二〇日、香港出身の哲学者であるユク・ホイ[☆1]を招き、石田英敬と東浩紀が彼を迎えるかたちで行なわれたトークショー “Is a Post-European Philosophy of/in Technology Possible?” である[★1]。

 

ぼくはゲンロン編集部に所属しており、中国近現代の思想や文学を研究するかたわら、ユク・ホイの『中国における技術への問い The Question Concerning Technology in China 』(二〇一六年)の全訳を仲山ひふみと進めている。また今回のイベントでは、ゲンロンのスタッフとしてユク・ホイとの連絡や一部広報などを担当した。本稿では、翻訳者でありゲンロンのスタッフでもあるぼくが、中国思想を学ぶ者の視点から見たイベントの模様をレポートしようと思う。

 

ゲンロンカフェには、これまでも海外の思想家や作家が登壇してきたが、通訳をまじえないイベントは初めてである。なので運営側としてもどれほどの反響があるかまったく読めない状況だった。企画当初は、五〇人くらいの聴衆が会場に集まればよいのでは、というくらいの気持ちだったのである。だが蓋を開けてみれば、会場にはじつに七〇人あまりの聴衆が足を運び、しかも九割以上は日本人であった。さらに言えば、外国人でも日本語が堪能なひとが多く、結果として英語話者で日本語のできないユク・ホイがかえって圧倒的なマイノリティとなり、なぜか肩身のせまい思いをするという不思議な雰囲気のなかイベントは始まったのである。これはお呼びした側としてはやや想定外であり、申し訳ないことではあった。

 

ユク・ホイはドイツに拠点を置く気鋭の哲学者である。著書『中国における技術への問い』の序論の翻訳が『ゲンロン』に掲載されたので、ご存じのかたも多いだろう[★2]。今回のイベントは、いま世界的に注目を集めるユク・ホイが新著『再帰性と偶然性 Recursivity and Contingency』(二〇一九年)の最後で提唱した「ポストヨーロッパ哲学」という概念をめぐって、『新記号論』の著者である石田・東両氏と討論するというものだ。『新記号論』のなかで、ふたりは二一世紀のメディア状況、とりわけ情報技術や認知科学の発展を視野に入れた新しい記号論の創造を試みており、今回もおのずと技術の哲学、また近代のテクノロジーと哲学の関係性にまつわる問いを中心に議論が展開されることとなった。

 

イベントはモデレーターを務めた東による趣旨説明および石田によるユク・ホイの紹介に始まり、ユク・ホイと石田がそれぞれプレゼンを行なったあとで、三人によるディスカッションで締めるという流れで進行した。ユク・ホイの発表は、ポストヨーロッパ哲学という新しい用語の意味や可能性を起点とし、中国の技術哲学を通じて、彼の一貫したテーマである技術の多様性を問題とするもので、石田のプレゼンはおもに、『新記号論』でも主題的に論じられたあらたな一般記号学の見地から、ライプニッツを介して中国古代のメディアや記号システムを再解釈しながら、「デジタル的転回」というキーワードによってその変遷を論じるものであった[★3]。ここではふたりの論点をまとめつつ、両者のアプローチの関係性や、京都学派と新儒家といったトピックについて検討したい。

杭州でユク・ホイが開催したシンポジウムで出会ったという三人。石田と東は、東の学生時代以来およそ二〇年ぶりの再会であったという。

 

ポストヨーロッパ哲学はなぜそう呼ばれるか

 

今回のイベントのタイトルの和訳は「テクノロジーの/におけるポストヨーロッパ哲学は可能なのか?」である。そもそも、ポストヨーロッパ哲学とはなんなのか。ユク・ホイはこの概念をハイデガーの議論から引き出している。

 

ハイデガーによれば、西洋の形而上学は、存在 Sein の本質を忘却させ、それを存在者 Seiende の問いにすり変えてしまうという点で、科学やテクノロジーと本質的に共通している。近代のテクノロジーが西洋を超えて各文明へと拡大することは、すなわち西洋的な思考の形式が広がってゆくことと同義なのである。したがって、近代的なテクノロジーによって規定された均一的な世界文明が誕生するとき、世界は事実上、西洋の哲学によって支配されることになる。ハイデガーはこれを「哲学の終焉」と呼んだ。つまりここでハイデガーが言う終焉とは、死滅ではなく完成なのである。

 

「哲学の終焉」とは西洋哲学の支配であり、ゆえにテクノロジーの支配である。この議論がもつ意義はじつに大きい。というのも、ユク・ホイが紹介したこのハイデガーの議論を受けて東が強調したように、これは西洋の文化的な支配が、本質的にテクノロジーによる統一的な支配でもあることを意味しているからだ。そうであるならば、西洋の文化的支配に抵抗するべくさまざまな地域がもつ文化の多様性に訴えかけることは、はなからまったく不十分だということになる。なぜなら、いくら文化が多様化したところで、技術による支配と均質化は依然として進行したままであるからだ。このようにして東は、技術的な思考を、果ては技術そのものを多様化すべきであるというユク・ホイの主張の重要性と必然性を説明する。

 

続けてユク・ホイは、この「哲学の終焉」を決定づけているのは、ノーバート・ウィーナーによって提唱されたサイバネティクスであるというハイデガーの議論に言及する。サイバネティクスとは、情報通信による制御という観点から、生物や機械を統一的に認識することを目指した理論であり、そこでは必然的に機械と生物の対立は曖昧にされる。これに対して東は、機械論(機械)と有機体論(生物)の対立とは、言い換えればシステムと自由意志の対立であり、この二項対立こそが近代的な思考を特徴づけていたと指摘する。つまりサイバネティクスはそうした近代的な二項対立を乗り越える可能性をもつのである。他方、ユク・ホイは、ここでサイバネティクスがあくまで機械の理論であることに注意しなければならないと主張する。なぜなら、機械が生物の動きを取り込むことによって二項対立を乗り越えるということは、まさに機械を生みだす技術的思考によってすべてが統御されるということにほかならないからだ。ハイデガーは、一九六六年の『シュピーゲル』誌での対談において、哲学のあとに来るものはサイバネティクスだと述べているのだが、それはこうしたサイバネティクスの性質に由来している[★4]。

 

近代的なテクノロジーの支配によって、西洋の哲学は終焉=完成する。そして「哲学の終焉」以後の時代を特徴づけるのは、機械と生物の対立を機械の側から乗り越えるサイバネティクスである。「ポストヨーロッパ哲学」をめぐるユク・ホイの議論はこの認識を前提としている。つまり彼は、ヨーロッパの哲学が終焉を迎えたあとに、どのような哲学が可能であり、また思考されるべきなのかを問題にしているのだ。

 

とはいえ、そのような思考はいかにして可能となるのだろうか? 東は、哲学の終焉によって西洋の思考が世界を支配するのであれば、非ヨーロッパの思考が立脚する余地はあるのだろうかと問いかける。そこでユク・ホイが援用したのが、「思索 thinking」という語の可能性に注目するというハイデガーの議論である。ユク・ホイはハイデガーの「哲学の終焉と思索の課題」というテクストに着目し、ハイデガーが哲学という制度にとらわれない(があくまで西洋的な)ものと考えていた「思索」を、非ヨーロッパの思想も含めるものとして発展させなければならないと主張する。こうして「哲学の終焉」以後のあらたな思想が、つまりポストヨーロッパ哲学が可能となるのである。「哲学の終焉」が近代的なテクノロジーと密接に関連している以上、ポストヨーロッパ哲学への問いのなかでは、技術への問いが、とりわけ西洋哲学とは異なる起源をもつ技術の探求が、不可欠となるのである。

 

宇宙技芸と中国哲学

 

技術の起源として、西洋哲学とは異なる思考のありかたを探求する。ユク・ホイのねらいはひとまずこのように要約できる。そして、この探求において鍵となっているのが、技術が普遍性と特殊性を併せもつという事実である。彼はルロワ゠グーランの議論を参照しながら、つぎのように説明する。つまり、技術はたとえどんな文明や文化圏のものであっても、身体の機能(切る、支える、刻む、持つ……)や記憶を外部化したものであるといったような共通点ないしは傾向をもつのだが、同時にひとつの事実として、技術は各文化によって異なるかたちであらわれ、場合によっては、たとえ外来の技術を取り入れてもそれに取って代わられることなく保全されるのであると。ユク・ホイはこうした技術の特殊性の例として料理を挙げる。つまり、外国のレシピや調理法を取り入れても、もとの食文化が消滅することはないということだ[★5]。

 

技術の特殊性は、ユク・ホイの哲学を支える重要なポイントだと言ってよい。なぜなら、個々の技術が特殊であるという事実によって、それらの技術に関する思考もまた特殊かつ複数でありうるという洞察が導かれるからだ。彼の『中国における技術への問い』は、まさにこうした認識のもとで、上述の前提を念頭に、いわばハイデガーへのひとつの応答として中国の技術哲学を打ち立てようとした書物である。この本のなかでユク・ホイは、道(ダオ)と器(チィ)、それから宇宙技芸 cosmotechnics という概念を提示しており、それらは今回の議論でも焦点となった。

 

スライドを用いて語るユク・ ホイ。プレゼンのあいだも、石田や東が繰り返し質問をする場面がみられた。

 

道と器の概念やその関係性は、中国思想においてきわめて重要なものである。中国において両者の関係性そのものが「道器論」として主題的かつ積極的に論じられるのは、だいたい宋代や明清以後なのだが、道と器というカテゴリー自体は『易経』など古代のテクストからひろく用いられている。

 

ユク・ホイの定義によれば、「道」とは万物の至高の原理(たとえば儒家の言う天=宇宙の秩序と人間の道徳性の統一という境地)であり、ゆえに無限とされる[★6]。他方「器」は一種の有限性をもつ道具や器具、あるいはひろく技術的対象のことを指しているという。しかしじつのところ、中国哲学において道と器はあまりに多様な意味をもっており、端的に定義するのはとても難しいというのがぼくの実感である。たとえばユク・ホイもイベント中に引用していたのだが、『易経』の「繋辞上伝」には「形而上であるものを道と言い、形而下であるものを器と言う(形而上者謂之道、形而下者謂之器)」と書かれており[★7]、器が技術的対象にかぎらずきわめて広範な意味をもちうるのがわかる。じっさい、『文心雕龍』の「原道篇」では、人間が「有心の器」だと述べられているのである[★8]。とはいえ、中国の技術哲学を構築しようとする近年の試みの多く(絶対数はきわめて少ないが)は「道器論」の伝統を継承するかたちで行なわれているため、ユク・ホイの定義や用語法は、中国哲学の専門的な見地からもおおむね理にかなったものだと言えるだろう[★9]。

 

道と器の概念は一見対立する概念のようにも思える。しかし、そうではないとユク・ホイは言う 。しばしば言われるように、中国思想は天=宇宙と人間の相関的な思考に高い価値を置くという特徴をもっているのだが、そこではたとえば祭祀の道具のように、器が宇宙と人間の関係性を媒介するものとして考えられているのであるのだという。また道はそもそも諸存在者の至高の秩序を表すため、器もまた道に適合していなければならない。したがって、道と器は究極的には統一すべきものであると考えられる。これがユク・ホイの強調する 「道器合一」である。このあたりの詳細は『中国における技術への問い』で論じられているので、ぜひとも読んでいただきたい[★10]。

 

宇宙技芸 cosmotechnics とは、こうした道と器の関係性から導かれた概念である。この語からは宇宙技術 space technology 、つまりロケットを遠くに飛ばすような技術を想起するかもしれないが、それとは別物である(だが厳密に言うと、ロケットも数ある宇宙技芸のひとつにはなるだろう)。宇宙技芸とは、端的に言えば宇宙論と密接に結びついた技術のことである。ユク・ホイは中国の宇宙技芸のひとつの例として漢方を挙げている。漢方はじっさいにひとつの技術として開発されただけでなく、その仕組みが陰陽や五行説といった、中国の伝統的な宇宙論に関する多くの理論によって形成されているからだそうだ。

 

とはいえ、そもそもなぜ宇宙なのだろうか? プレゼンのなかで、ユク・ホイは宇宙論は特殊な技術だと述べている。つまりそれぞれの文化がもつ宇宙論の差異を明らかにすること自体が、技術の多様性を示すひとつの有効な手段であるということだが、彼のねらいはさらに先にある。『中国における技術への問い』の序論でユク・ホイは、ルロワ=グーランによる技術の普遍性と特殊性(技術的傾向と技術的事実)の対比モデルが、結果的に技術の特殊性を環境的要因のみに還元してしまったことを批判しつつ、宇宙論的かつ形而上学的な観点からの問題設定の必要性を強調している。つまり宇宙論とは、単に技術の特殊性の産物であるだけでなく、ひとつひとつの特殊な技術を背後で支える形而上学的な基盤でもあるということだ。その意味で、彼にとって本質的には「技術はつねに宇宙技芸である」[★11]。

 

哲学を変える/世界を変える

 

こうしたユク・ホイの議論を受けて、石田英敬は、中国の宇宙技芸として占いと文字に言及した。よく知られるように、中国の文字のはじまりは、文字と占卜が結びついた甲骨文字にある。シャーマンによる占いの道具=器であり文字のメディアでもあったこの甲骨には亀の腹甲などが使用されたわけだが、石田によれば、甲骨はそれ単体で理解されるべきではなく、むしろ亀という動物全体の一部と見なされなければならないのだという。なぜなら、亀そのものが、宇宙を観測する器としての性質を付与されていたからだ。

 

宇宙技芸としての亀について語る石田。一見ユーモラスでありながら、そこには記号の原始的な形態や宇宙技芸といった多くの重要な論点との接点が仕込まれていた

 

石田の解説によれば、ここでは亀の背側が天を象徴し、腹側が地を示している。そして天と地の境界面(インターフェイス)に、人間が関与し、文字が刻まれる甲骨というメディアが展開されているのだという。これは地に立つ人間が、シャーマンを介して天からのメッセージを受け取り、記録するというプロセスを具現化しており、まさに当時の中国人の世界認識の道具であると言えるのだ。そのため石田は「亀は中国人が手にした最古のスマホ」であったと述べた。半ば冗談とはいえ、手で触れながら文字を刻み込む、世界認識のためのインターフェイスであるということで、きわめて興味深い表現である。

 

とはいえ、石田にとってより重要なのは、殷代の甲骨ではなくむしろ周代の筮竹(ぜいちく)であろう。筮竹とは易の占いに使用された棒のことである。石田は二進法と易の八卦との関連を述べたライプニッツの議論を参照し、アナログな骨の割れ目や文字記録に規定された甲骨の占いから、陰と陽の二進法的な記号の法則によって行なわれる筮竹での占いへの転換のことを、「デジタル的転回」と呼ぶ[★12]。陰と陽のふたつの記号の組み合わせによって占いを行ない、また宇宙や世界を記述しようと試みた『易経』は、中国思想でも最重要文献のひとつだが、ライプニッツが自身の編みだした二進法の高度な表現をそこに見出したように、石田もまた、『易経』の八卦がもつバイナリ性に着目する。また、『易経』によって表現された宇宙論を軸として、いわゆる十三経[★13]をはじめとする重要なテクストが形成されたことから、『易経』を中心とする百科事典的な想像力を見て取ることができると述べた(とはいえ『易経』も五経ないし十三経のひとつではあるが)。

 

『新記号論』のなかでも漢字を生みだしたという蒼頡の故事を引用するなど、ユク・ホイと同様に自身の技術哲学に中国的な要素を取り入れている石田だが、東は、ふたりのアプローチが大きく異なると指摘する。具体的には、ユク・ホイがいわば哲学における地政学的な転換のなかで中国に言及するのに対して、石田は具体的かつローカルな問題にあまり言及しないのだという。イベント内ではこの相違についてあまり掘り下げられなかったが、ここで簡単に検討してみよう。

 

単純なところでは、やはり両者の目的のちがいがアプローチの対照性を生みだしていると言えるだろう。『新記号論』のもとになった石田のゲンロンカフェでの連続講義が「一般文字学は可能か」というタイトルであったことからも明らかなように、石田の理論的な関心は一般性に集中している。それゆえ、石田が中国の技術に言及するのは、それが彼の構想するあらたな哲学の一般理論にとって有益であるかぎりにおいてなのである。他方、ユク・ホイにとって重要なのは技術の特殊性だ。すでに確認したように、ユク・ホイが技術への問いにこだわるのは、それがテクノロジーと西洋哲学の統一的な支配という世界(史)的な状況、つまり「哲学の終焉」の時代に抵抗するもっともラディカルな方法のひとつだからである。あえて端的に言えば、哲学が終焉を迎えた世界のなかで、哲学によって哲学を生まれ変わらせようとしているのが石田英敬であり、哲学の外側から世界を変えようとしているのがユク・ホイなのだ。

 

またこのちがいは、中国の技術を論じるときに、石田がライプニッツに触れ、ユク・ホイがジョセフ・ニーダムに言及するという相違のなかにも象徴的に表れていると言えるだろう。ライプニッツによる中国へのまなざしはじつに興味深く、発展的に継承されるべきものだが(それをきわめて刺激的なかたちで継承したのが「新ライプニッツ派記号論のために」や『新記号論』だった)、しかしジャック゠デリダがライプニッツの解釈を「無知というよりは無視」にもとづく「ヨーロッパの幻想」であると批判したように、それは必ずしも中国の文脈から見て正確なものだとは言えない[★14]。むろん、デリダの批判が的確であっても、ライプニッツの哲学の重要性はいささかも損なわれないのだが。一方でユク・ホイは、偉大な中国学者のひとりであるジョセフ・ニーダムにしばしば言及している。ニーダムは「なぜ中国では近代的なテクノロジーが生まれなかったのか?」という有名な「ニーダムの問い」を立てたことで知られている。そして、歴史的大著『中国の科学と文明』をはじめとする多くの著作を通して、中国における技術と文明の特質を、つまりは中国の技術の特殊性を明らかにしていったのだが、こうしたニーダムとライプニッツの相違は、たしかにユク・ホイと石田のアプローチの対照性を彷彿とさせる。

 

京都学派と新儒家

 

理論の一般性を追求する石田に対し、ユク・ホイは技術の特殊性を重視している。だがここで重要なのは、ユク・ホイが中国の特殊性を論じるとき、彼は決して「中国は特別である」だとか「中国の伝統的な哲学の体系に回帰するべき」だなどと言いたいわけではないということだ。当然ながら、彼は「中国の特色ある」哲学や理論の称揚を目指しているのでもない。じっさいユク・ホイは、さまざまな場所で中国はあくまでひとつの例でしかないと慎重に断っている。今回のイベントでも、自分が中国を論じるのはたまたま中国人として生まれたからでしかなく、テクノロジーの支配に抵抗しうる宇宙技芸への問いはあらゆる文化のなかで行なわれなければならないとはっきり述べている。またユク・ホイは、テクノロジーの相対化を主張するからと言って、西洋哲学やテクノロジーが、またそれによって規定される近代性が純然たる悪であり、断固駆逐すべきだと言いたいのでもないと断っている。彼の言葉を用いれば、必要なのは「捉えなおす/ふたたび自分のものにする reappropriate」ことなのである。

 

近代性への問いのなかで、ユク・ホイが前例として言及したのが京都学派と新儒家である。どちらも二〇世紀のアジアで起こった哲学的運動であり、西洋とりわけドイツの哲学を吸収しつつ東洋哲学を再構築することで、結果的に西洋哲学でも伝統的な東洋哲学でもないような、新しい哲学を生みだしたという点で共通している。とはいえ、さまざまな歴史的事情によって、同時代の両者にはほとんどコミュニケーションがなかった。いまなお、交流や比較検討が十分になされているとは言えない[★15]。こうした現状は、たとえばカント哲学を応用した牟宗三(モウ・ゾンサン)の哲学をプレゼンのなかで紹介していたユク・ホイに向かって、京都学派と新儒家のちがいを問いかけた石田や東に対し、ユク・ホイもまた十分には応答できなかったことが示しているように思われる。東は「無」の仏教哲学である京都学派と「有」の道徳哲学である新儒家という区別を試みたが、ユク・ホイがそれに応えて言ったように、仏教や儒学、道家思想などといった伝統的なジャンルの差異で両者を区別するのが難しいのも事実である。ユク・ホイは 、京都学派はフィヒテやシェリングらドイツ観念論の強い影響下にあり、純粋な仏教の理論とは言えないということや、初期の新儒家とされる熊十力(シォン・シィリィ)が唯識仏教論から自身の哲学を構築したことに言及しつつ、両学派の区別の難しさを語った。

 

最終的に石田が、これらの哲学が結局のところ二〇世紀のメディア状況によって規定されていたのではないかとまとめると、ユク・ホイはそれに同意して、京都学派と新儒家はテクノロジーを相対化する理論を生みだせなかった点でやはり近代を捉えなおすことに失敗したと総括した。そして技術への問いを通じて京都学派や新儒家を脱構築しなければならないと主張したのである。これに対して東は、「近代の超克」というとき、京都学派はいったいなにを乗り越えようとしたのだろうかと問いかける。というのも、ヨーロッパの哲学やテクノロジーを乗り越えようとした京都学派の試みは、じつのところアメリカの圧倒的な政治的かつ軍事的圧力のもとで行なわれたからだという。たしかに言われてみれば、京都学派が突き進んだ戦争は、結果としてヨーロッパ大陸の外部であるアメリカとイギリスをきわめて物理的に乗り越えようとしたものにほかならなかった。そして東は、Google や Amazon をはじめとする現在の技術的状況がもたらす諸問題は、アメリカニズムと深く関連していると指摘する。この問題はイベント中ではあまり展開されなかったが、やはりいま京都学派を考察し、そこから近代性への問いに関わるなんらかの遺産を相続しようと思ったとき、アメリカニズムは避けて通れないテーマとなるだろう。

 

政治的圧力という点で見るならば、近代の新儒家が直面していたのはもっぱら同じ中国人からの圧力であったと言える。新儒家のはじまりは、おもに五・四運動以後の中国における伝統文化への強い排撃に対するカウンターとしてであったし、その中心地が中国大陸から台湾・香港へ移り、また大陸へと戻っていくプロセスもまた、大陸の政治状況によって決定づけられたものである(直近の大陸の状況はまた異なったものではあるが)。このような京都学派と新儒家が置かれた政治状況のちがいは、両者の問題設定や方向性にたしかな影響を与えていると思われるが、いまここでその詳細を論じる余力はないので、今後の大きな課題としたい。

 

三人の哲学者による対話は非常に多岐にわたり、ここまで述べてきたこと以外にもさまざまな興味深い論点が提示された。またそのほかにも、三人それぞれからまだ成形しきっていない段階の魅力的なアイデアが語られるなど[★16]、あらたな哲学が形成される瞬間に立ち会っているという刺激と高揚感を肌で感じるイベントとなった。

 

***

 

最後にちょっとしたエピソードに触れておこう。ゲンロンカフェではしばしばあることだが、今回のイベントは五時間にわたる長丁場となった。そしてこの長い議論を終えるにあたってユク・ホイが最後に述べた感想は、なんと「つぎは晩ご飯をすませてから来ます」というものであった。

 

石田英敬のプレゼンが終わった一〇時半あたりで、ユク・ホイはにわかに空腹を訴え、壇上でひとり食事をとっていた。このとき会場ではあたたかい笑いが起きていたが、たしかに一見これは心温まる些細な一幕でしかない。三〇代半ばにして五つの言語と多数のプログラミング言語を自在にあやつり、世界的に活躍するというあの哲学者もやはり生身の人間であったか、と安堵のため息を漏らした日本人読者も多かったのでは――という冗談はさておき、じつはぼくはこの出来事こそが、ゲンロンカフェという場所がいかに特異な空間であるかを見事に示しているように思ったのである。

 

ヨーロッパを拠点にしながら、ロシアや中国でレクチャーをし、最近ではセネガルやブラジルのシンポジウムにも招聘されているというユク・ホイは、文字通り世界中でひっぱりだこの哲学者である。先月の訪日も、そうした世界的な活躍の一部にすぎない。しかし今回の一幕は、そんな彼にとってすら、トークショーとはたいてい【飯時までには終わるもの(傍点)】であったということを、裏返して言えば、時間に縛られずに話し続けられるゲンロンカフェという空間が、世界的に見てもじつに稀有な場所であることを意味している。イベント後、スタッフとしてユクの帰りのタクシーを捕まえて見送りをしたときに、いかにも興奮さめやらぬといった表情で握手をしながらなんども「謝謝!」と言い続けるユクを見ながら、ぼくはふとそう実感したのである。

 

追記

今回のイベントの質疑応答の時間で、前近代の中国における認識論的転換についてユク・ホイに質問したかたがいたが、もし中国語ができるならば、金观涛、刘青峰《中国现代思想的起源――超稳定结构与中国政治文化的演变》,法律出版社,二〇一一年の一読を強くおすすめする。これは古代から五・四運動期あたりまでの中国思想史の分析を通じて、近代における断絶をへてもなお受け継がれている思想の構造的類似性、いわば中国思想のいくつかの型の抽出を試みた本である。また近代における認識論的断絶と、その結果生じた近代中国の言説に関して言うならば、やはり汪晖《现代中国思想的兴起》下卷第二部 〝科学话语共同体”,生活・读书・新知三联书店,二〇一五年が(多少の問題はあるが)参考になるだろう。

 

★1 イベントの詳細は以下を参照。URL= https://genron-cafe.jp/event/20190820/

また、vimeo にてアーカイヴを販売している。URL= https://vimeo.com/ondemand/genron20190820 ⏎

 

★2 Yuk Hui, The Question Concerning Technology in China: An Essay in Cosmotechnics , Urbanomic, 2016. 序論は仲山ひふみによって翻訳され、『ゲンロン7』、『ゲンロン8』、『ゲンロン9』に掲載された。現在仲山と伊勢によって全訳の作業が進んでいる。 ⏎

 

★3 石田自身が紹介していたように、今回の石田のプレゼンは、彼の「新ライプニッツ派記号論のために――『中国自然神学論』再論」というきわめて刺激的な論考をベースとしている。石田ほか編『デジタル・スタディーズ2 メディア表象』、東京大学出版会、二〇一五年所収。 ⏎

 

★4 マルティン・ハイデッガー『形而上学入門』、川原栄峰訳、平凡社ライブラリー、二〇〇八年(初版は一九九四年)、三九三頁。 ⏎

 

★5 ちょうどこのとき、東とユクのあいだで、スシとバーガーのせめぎ合いとその未来をめぐってとても興味深いかけ合いが行なわれた。その詳細はぜひ動画のアーカイヴで見届けてほしい。 ⏎

 

★6 中国思想に関心があるひとへの注。じつはぼくはこのイベントに先立って、今年の二月に香港でユク・ホイと個人的に会っているのだが、そこで話した話題のひとつに道や聖人の教えの言表可能性に関する問題がある。いわゆる「言意之辨」というものだ。彼が『中国における技術への問い』のなかの唐代の古文運動を論じた箇所で、器としての書字(エクリチュール)の機能に触れていることを受けて、ぼくが『易経』にあるように、古来「書かれた文字は話された言葉の内容をすべて表現することはできず、話された言葉は聖人の意を完全に表すことができない(書不尽言、言不尽意)」と言われているが、器としての書字は道と合一できるのだろうか? と問いかけたのである。それに対してユク・ホイは、有名な『老子』の冒頭である「道可道、非常道」を引用しつつ、道とは「尽くして尽くさず(尽而不尽)」、つまり明らかにしたりできなかったりを繰り返しながら、何度もそのまわりを循環し続けるものだと答えたのである。この注を読むようなひとなら分かるだろうが、この答えは三世紀ごろのいわゆる貴無派と崇有派の対立を念頭に置いたものである。ユク・ホイによれば、じつは両派はともに誤りを犯しているのだという。彼の考えでは、道とは無でも有でもなく、むしろ両者のあいだをめぐるある種の再帰的 recursive な循環運動として理解しなければならないのである。そして彼は、この認識をもとに魏晋の玄学や山水画を捉えなおしたいのだという構想をぼくに語ってくれた。

当時は思い至らなかったが、いまぼくがユク・ホイの道の解釈を聞いてひとまず想起するのが、台湾の哲学者・呉汝鈞の提唱する「純粋力動現象学」との類似性である。彼もまた、ドイツ観念論や中国哲学、新儒家や京都学派などを自在に参照しつつ、絶対的な有とも無とも言えないある種の運動(純粋力動)という観点から東洋の宇宙論を捉えなおし、あらたな哲学を作りだそうと試みている。とはいえ、この点はぼく自身まだ整理しきれていないので、詳細を述べるのはまたの機会にしたい。呉汝鈞の理論については、吳汝鈞《純粹力動現象學》,台灣商務印書館,二〇〇五年などを参照。

 

★7 今井宇三郎、堀池信夫、間嶋潤一『易経 下』、新釈漢文体系第63巻、明治書院、二〇〇八年、一五五五頁。 ⏎

 

★8 劉勰著,詹鉠義證《文心雕龍義證》上冊,上海古籍出版社,一九八九年,一〇頁。ちなみに、ユク・ホイがイベントの終盤で中国における人間の概念を紹介した際に、「名前の英訳がわからないのですが……」という趣旨の詫びを入れながら引用した書物があったが、それもこの『文心雕龍』の「原道篇」だと見て問題ないだろう。そこでは天・地の創造的な活動に参与しうるのが人間であると説かれている。 ⏎

 

★9 中国の技術哲学に関する仕事としてひとつだけ例を挙げておくなら、やはり李三虎《重申传统――一种整体论的比较技术哲学研究》,中国社会科学出版社,二〇〇八年となるだろう。ユク・ホイも『中国における技術への問い』のなかでこの仕事を高く評価している。

 

★10 二〇一九年九月現在、韓国では全訳が出版されており、中国ではユク・ホイが杭州の中国美術学院で行なった同書に関する連続講義の動画とその文字起こしが公開されている。(URL= http://caa-ins.org/archives/238)日本語の全訳も、なるべく早く読者のみなさまにお届けできるようにしたい。

 

★11 Yuk, op. cit., p.19. (邦訳は「中国における技術への問い――宇宙技芸試論 序論(2)」、仲山ひふみ訳、東浩紀編『ゲンロン8』、ゲンロン、二〇一八年、二四七 ‐ 二四八頁参照。)

 

★12 また石田は、筮竹の素材であるノコギリソウがギリシアの英雄アキレスに由来する「アキレア Achillea」という属名をもつことから、甲骨から筮竹への転換のことを、ユーモアをまじえて「亀からアキレスへ」とも名づけている。

 

★13 宋代に定められた、儒家の一三の最重要テクスト。易経、書経、詩経、周礼、儀礼、礼記、左伝、公羊伝、穀梁伝、論語、孝経、爾雅、孟子のこと。ちなみに四書(論語、孟子、大学、中庸)も朱熹が宋代に定めた分類である。

 

★14 ジャック゠デリダ『根源の彼方に グラマトロジーについて 上』、足立和浩訳、現代思潮社、一九八三年、一六三 ‐ 一六四頁。なお、イベントではユク・ホイもライプニッツに言及していたが、彼はライプニッツのなかでもっとも重要なのは結合法ではなくモナドロジーだと言っている。なぜなら、ユク・ホイによればライプニッツの主要な哲学的課題は、有限の記号やその法則によって無限の世界をあらわすことであり、それをもっとも理想的なかたちで実現した理論がモナドロジーだからだ。

 

★15 新儒家について日本語で書かれた本はきわめて少ない。ひとまず朝倉友海『「東アジアに哲学はない」のか――京都学派と新儒家』、岩波現代全書、二〇一四年と、土田健次郎編『21世紀に儒教を問う』、早稲田大学出版部、二〇一〇年、および中島隆博『共生のプラクシス――国家と宗教』、東京大学出版会、二〇一一年、第III部の三つを挙げておく。また英語では、中国学者のジョン・メイカムらによる優れた概説書がある。John Makeham ed., New Confucianism: A Critical Examination, Palgrave Macmillan, 2003.

 

 

★16 そうした論点のひとつが、ユク・ホイがあらたな政治哲学の概念として提唱する fragmentation である。彼の言う fragmentation とは、ヒューマニズムがもたらす、人間同士の融和という名の均質化を目指すのでもなければ、自己のアイデンティティを確認するために、カール・シュミット的な友と敵の意図的な分断を強調するのでもないようなひとつの態度であり、いわば否定しがたい端的な差異を受け入れつつも、その調整を模索してゆくような姿勢を表すのだという。まだ理論として完成しているとは言えないが、一読者として今後の展開が非常に楽しみなものである。

 

Profile

伊勢康平(いせ・こうへい)

一九九五年生まれ。早稲田大学文学学術院文学研究科修士一年。ゲンロン編集部所属。専門は中国近現代の思想と文学。現在、ユク・ホイ『中国における技術への問い』を翻訳中(仲山ひふみとの共訳)。