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ベルナールの思い出

  ベルナールがぼくたちを残していってしまったなんて信じられるだろうか。 それはたしかなことだけれども、ぼくには信じられないし、やがて信じられるようになるとも思えない。   8月7

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ベルナールの思い出

ベルナールの思い出
Épineuil-le-Fleuriel, Summer 2015, Photo: Michaël Crevoisier

 

ベルナールがぼくたちを残していってしまったなんて信じられるだろうか。

それはたしかなことだけれども、ぼくには信じられないし、やがて信じられるようになるとも思えない。

 

8月7日、目が覚めてベルナールの訃報に触れたあと、ぼくはラジオで彼の声をきき、ベルナールの気配を、やさしさを、そしてあのあたたかなあいさつや笑顔を感じて涙がとまらなくなった。一週間前、ぼくはベルナールと電話をして、8月末にアルルで行なわれるイベントやぼくたちの未来のプロジェクトについて話をした。ベルナールの声には記憶していたより力がなかったけれど、彼自身は前向きだった。ベルナールは、携帯が不具合を起こしプリンターも故障してしまったが、オンラインで新しいプリンターを買うには携帯へ送信される認証コードが必要なので購入できないのだとぼくに不満をもらしてきた。けれども、彼は執筆をやめなかった。彼の死を知るまえの日、ぼくは自分がいつになく弱っている感じがした。お腹に痛みもあった。2年前に友人のコピーエディター〔原稿整理編集者〕が自殺したときもおなじ症状が起こった。ぼくは先週ベルナールに送る約束をした高麗人参を郵送するため、身をひきずるようにして郵便局へ向かった。けれど郵便局は COVID-19 のせいで閉まっていたのである。帰宅したあと、ぼくはベルナールにメッセージを送るつもりだった。彼が参加し、ぼくが編集していたふたつのジャーナルの特集号がもうすぐ出そうだと伝えるために。ぼくはそのとき送信しなかったことをとても悔やんでいる。ベルナールと話す機会はもう二度とないのだから。

 

ぼくがベルナールと出会ったのは2008年のロンドンだった。といっても、もともと彼の講義で何度も見かけてはいたのだが。ぼくは同僚と一緒に、ベルナールを迎えにセント・パンクラス駅に向かった。ぼくは若かった。わくわくしながら、とても緊張してもいた。そのころぼくはすでに『技術と時間1 エピメテウスの過失』やデリダとの共著の『テレビのエコーグラフィー』を読んでいたし、デイヴィッド・バリソンと、ベルナールの友人で長いあいだ彼の翻訳をつとめているダン・ロスの映画『イスター』も観て、賞賛していた。ぼくは自分の学生たちとこの映画を何度も見た。ほかのひとたちとおなじようにぼくもまた、銀行強盗をして投獄されていた五年のあいだにふたたび哲学を学びはじめたという彼の過去に惹かれた。ぼくはもともとハイデガーの『存在と時間』や「転回」以後の後期の仕事を集中的に研究していたので、技術にかんするハイデガーの思想の諸側面を理解していたつもりだったが、それでも『技術と時間1』を読むのはきわめて刺激的で、啓発的だった。ぼくはこの本を一文一文、何度も読み返した。そのすべてがすばらしい経験だった。ベルナールは技術〔technics〕の概念によってハイデガーの〈存在〉を脱構築し、さらにその思考に切り込み、内側から再構築するための突破口を開いた。しかしぼくがより感銘を受けたのは、西洋の哲学史そのものを脱構築しようというその野心にほかならない。ベルナールにとって、技術への問いはまさに第一哲学〔存在の根本を問う哲学〕であったものの、哲学の歴史によって(フロイト的な用語の意味で)抑圧されているのである。『技術と時間』の第1、2巻はハイデガーとフッサールの現象学の脱構築に専念していて、映画をあつかった第3巻はカントの『純粋理性批判』を脱構築し、フランクフルト学派の批判理論を批評するものになっている。

 

『技術と時間』の第3巻は、技術産業や資本主義に対抗する政治的な文章から始まっている。ベルナールはほとんど年に一冊本を出していて、そのテーマは美学や民主主義、政治経済学にオートメーション〔自動制御〕など多岐にわたった。ベルナールは産業そのものに反対していたわけではなく、むしろ産業の短期志向〔short-termism〕やあらゆる否認の形式をとる冷笑的な態度に抵抗していた。昨今の産業のプログラムは、利益をあげることにとらわれた短期志向に、とくに消費者主義にもとづいており、それによってもはや産業は人々、とりわけ(グレタ・トゥーンベリのような)若い世代を気に留めようとしなくなるのである。こうした状況のもとでも、技術は毒になってしまう。『技術と時間』の第3巻以降、ベルナールはとりわけマルクスやフロイト、シモンドン、生物学、そして経済などを読み解くなかであらたな武器を体系的に見つけだそうとしていた。ベルナールが2006年に友人たちと創設した Ars Industrialis という組織の課題は、産業を変容させることにささげられていた。たとえばパリ北部サン゠ドニでの直近のプロジェクトは、彼が「寄付の経済」と呼ぶあらたな政治経済学の展開を目的とした、さまざまな産業界のパートナーや銀行との共同活動である。

 

忘れもしない。それは雨の日だった。ベルナールは黒いコートと帽子を身につけ、いかにもフランスの知識人といった格好をしていた。ぼくは彼に傘をわたした。はじめは遠慮していたが、やがてさしてくれた。ベルナールはとても親切で、いまなにを読んでいますか、とたずねてきた。ぼくがあなたの『行動化 Acting Out』と、哲学史の研究者であるピエール・アドの本を読んでいますと答えると、彼はおどろいたようだった。そのころぼくはある重大な病から回復したばかりで、いにしえの精神的実践とベルナールの哲学との共鳴につよい関心をもっていた。やがてある学術会議でベルナールが基調講演を行ない、ぼくも発表をしたのだが、そのとき彼は関係性とデイヴィッド・ヒュームにかんするぼくの仕事にとても興味をもってくれて、今後連絡を取りあおうといってくれた。その数か月後、スコット・ラッシュの主催によりロンドン大学ゴールドスミス・カレッジで開催されたベルナールとデヴィッド・グレーバー、ヤン・ムーリエ・ブータンの討論のとき、彼はぼくに今度パリでのセミネールで話をしてくれないかと頼んできた(ちなみにこのとき、ジョルジョ・アガンベンのファンを自称するロシアの芸術家が登壇者のまえに行って腰をおろし、抵抗という語で彼が理解している行為を実演してくれるという一幕があった)。彼がぼくの博士論文の指導を引き受けてくれたのはそのあとのことだった。ぼくはベルナールのことを尊敬していたし、彼と会って論文について議論しているときはいつも、ただただぼくが彼の時間を無駄にしているような気がしてならなかった。けれどもベルナールはあたたかく寛大で、けっしてぼくを学生としてあつかわず、むしろひとりの友人として尊重し、ぼくの思想を理解しようとしてくれた。ぼくにはそのような情景の数々を記録する第三次過去把持〔スティグレールの用語で、テクノロジーによる記録〕は備わっていないが、じつに多くの細部がいまもありありと目に浮かぶ。たとえばある会議に出ていたとき、ベルナールはぼくにあまり多くのハイデガーの著作を読みすぎないでくれないかといってきた。というのも、彼によるとほんとうに偉大な思想家は主要な仕事をひとつかふたつくらいしか残さないもので、それはハイデガーでいえば『存在と時間』だからだという。また、道路をわたろうとふたりで待っていたあるとき、ベルナールはいった。きみが今後の人生のなかでもっと真剣に取り組むべき人物がいる、それはジャック・デリダだと。ぼくは2016年に博士論文『デジタルオブジェクトの存在について On the Existence of Digital Objects』を発表した。そこでベルナールは、親切にも序文を寄せてくれたのだった。

 

ベルナールをより個人的に知るようになったのは、ぼくがロンドンからパリへ移住し、彼のリサーチ&イノベーション研究所〔IRI〕で働きはじめてからだった。IRIは、彼が2006年にポンピドゥー・センターの文化開発部長を辞めたときにヴィンセント・プイグと創設した研究所だ。ベルナールはポンピドゥー・センターの部長職に就くまえには、音楽家で作家のピエール・ブーレーズの招きのもと、ポンピドゥー・センターの関連機関である音響・音楽研究所(IRCAM)の所長にもなっている。ぼくがかつて出会っただれよりもベルナールの人生は伝説的だ。農場労働者になり、ジャズバーの店主になり、銀行強盗になり、ツールーズの監獄内で現象学者のジェラール・グラネルの助けを受けて哲学を学び、修士のころにはジャン゠フランソワ・リオタールの弟子になり、博士のころにはジャック・デリダの弟子になった。さらに1980年代、国立視聴覚研究所(INA) の副所長になる以前には、デジタル化にかんするフランス国立図書館との共同事業を含むいくつかのプロジェクトで責任者となり、IRCAMの所長となった。その後2018年にIRIから退職している。

 

のちにぼくは、仕事を見つけるためにフランスをあとにしてドイツへ行った。けれども、ベルナールとの関係はかえって深くなった。彼はぼくが働いていたロイファナ大学リューネブルク校で一学期のあいだ客員教授となり、のちにぼくの住んでいたベルリンにあるフンボルト大学でも客員教授をつとめたのである。だからぼくたちは、その期間中はほぼ毎週会うことができた。ぼくは2012年から、彼がフランス中央部の田園地帯にあるエピヌイユで開くサマースクールに毎年参加していた。そこではベルナールと彼の家族が、招待客や学生を連れて一週間のセミナーを行なっていた。あいにく2017年に終わりを迎えてしまったが、それは思索と友情の祭典だった。ベルナールの死によって、2010年ごろからほぼ毎年すごしていたあのフランスの夏がとても遠いもののように感じられる。

 

ぼくがはじめてベルナールや彼の家族とともに中国を訪れたのは2015年のことである。ベルナールはいつも、ぼくが彼を中国に連れて行ったのだとみんなに語っていたが、ぼくは逆だったと思う。当時ぼくはヨーロッパに住みはじめて10年が経っており、そのあいだは年に数日ほど両親と会うために香港へ行くだけで、中国大陸に立ち寄ったことはなかった。ベルナールとの杭州出張はぼくの人生のなかで重要な出来事だ。というのは中国を再発見できたからだけど、それはさいきん中国美術学院の院長になった高士明の寛大さのおかげでもあった。2015年から毎年、ぼくたちは杭州で修士の院生に集中講義を行なうことになり、そのときには昼食や夕食でほぼ毎日ベルナールと会うことができた。そしてあたたかい春の夜には、学院のとなりにあるイタリア料理店のテラスへ行き、ふたりでワイングラスを傾けた。とてもすばらしい会話がいくつもあった。たとえば2018年に杭州へきたときのこと。ベルナールはグラスを片手に煙草を吸いながら、ふとぼくにたずねた。以前あまりハイデガーを読まないでくれないかといったのを覚えているかい。はい、とぼくは答えた。覚えています、あれは10年前のことでした。ですが、ぼくはいうとおりにしませんでした。するとベルナールはにっこり笑っていった。きみが聞き入れてくれなかったのはわかっているし、いまでは私がまちがっていたと思っているよ。

 

2016年、ぼくは2冊めの単著『中国における技術への問い——宇宙技芸試論 The Question Concerning Technology in China: An Essay in Cosmotechnics』を刊行した。これはハイデガーが1953年に発表した「技術への問い」という論考に対する応答と批評である。この本でぼくは、ベルナールとは異なるハイデガー読解を提示したけれど、第2部では京都学派と新儒家を脱構築するために、ハイデガーの世界史の概念に対する彼の批評を頼りにした。ぼくはこの本をベルナールにささげた。彼との数多くの議論がなければ、また彼が肯定してくれた反抗の精神がなければ、ぼくはこの一歩を踏みだすことができなかったからだ。けれども、ベルナールにとってこの本は問題含みだったようだ。ベルナールがぼくに異議をとなえたのはハイデガーの読解ではなく、古生物学者のアンドレ・ルロワ゠グーランの解釈だった。ぼくたちは、2018年に成都へ行ったとき、彼の息子のオギュスタンを連れてパンダを見に行く途中にこの問題を議論した。さらにぼくたちは、2019年の台北でのセミナーの際にもこの点を討論するはずだったのだが、それはかなわなかった。最終的に、ぼくたちは宇宙技芸の概念だけをとりあげた Angelaki 誌の特集のなかでこの討論を行なおうと考えた。その特集号は、折しもベルナールが亡くなった日に刊行されたのである。この号を編んでいたときもベルナールはとても寛大で、入院していた2020年の4月に、多大な痛みに苦しみながらも原稿を仕上げてくれた。ただベルナールは論考の方向性を変えてしまっており、ぼくたちは二度とこの問題について真っ向から対話することができなかった。

 

哲学と技術にかんして、ベルナールはたくさんの独創的で革新的な仕事を残してくれた。彼はけっして自分を単一の分野に制限しなかったし、またけっして浅はかな「学際的」研究で満足することもなかった。彼が挑戦していたのは、境界を打ち砕き、ぼくたちに未来図と希望を見せてくれるような新しい思考と実践を発明することにほかならない。ベルナールは破局と向きあった思想家である。より正確にいえば、彼は偶然の出来事をある哲学的な必然性にする好機をけっして逃さなかった悲劇の思想家なのだ。ベルナールには、約束していたあと何巻もの『技術と時間』を出す義務がある。かつてベルナールは、監獄でのサイケデリックな体験についてぼくに何度か語ってくれた。彼はその体験のさなかにテクストを一本書いたのだが、当時は自分でもそれを理解できなかったという。そこでジェラール・グラネルにテクストを見せたところ、彼は「これがあなたの哲学になるでしょう」といったそうだ。この箇所はベルナールの博士論文に含まれており、論文の審査委員だったジャン゠リュック・マリオンがそこを単独で出版したいと考えたそうだが、ベルナールはそれを断っている。このテクストは『技術と時間』の第7巻として発表されるはずだった。けれど、ぼくらはいまだに第4・5・6巻を待ちつづけている。ベルナールによると、この謎めいたテクストは螺旋にかんするものだそうだ。ぼくはそれを読んだことがないが、序論に「サイケデリックな生成」というタイトルをつけた『再帰性と偶然性 Recursivity and Contingency』という本のなかで、ぼくが書いたことと近かったのではないかと思いつつある。ベルナールはこの本を読み、ぼくがドイツ観念論やサイバネティクスにかかわることが重要だと考えてくれた。そしてフランスの各出版社にこの本を推薦してくれたのだった。とはいえ、再帰性と彼の螺旋の概念の関係性について議論することはかなわなかった。昨年ぼくがその機会を逃してしまったからだ。

 

一年前、ベルナールと湖畔を散歩していたとき、ぼくは彼の旧友である石田英敬や東浩紀としこたま酒を飲んだ話をした。ベルナールはとてもうれしそうな表情で、ぼくにこういった。監獄を出てからというもの、私は一度も酔っぱらったことがないが、それは酔った感覚が好きじゃなくなったからだ。だけど、例外を設けるのもわるくないかもしれないと。その後レストランに入って、ベルナールはワインをボトルで注文したのだが、ぼくは『再帰性と偶然性』を書き上げるのですっかり疲弊していたため、一杯だけしか飲めなかった。そのためベルナールは、ボトルの半分をホテルにもち帰ることになる。ぼくは彼を酔わせる機会を逃してしまったのだった。けれども、結局のところベルナールは、悲劇性をもち、酔いを必要としないひとだった。

 

ぼくは今年もういちど杭州でベルナールに会いたいと思っていたが、パンデミックがすべてを台なしにしてしまった。まえにベルナールと会ったのは2019年の11月で、そのときぼくたちは国立台北芸術大学の招待を受けて、台湾に行って修士の院生むけに授業を行なった。その後ぼくは、12月にパリへ行き、彼が毎年開催する学術会議で発表をするはずだったが、あまりに疲れはてており行くことができなかった。会議は今年の12月にも開催される予定だけれども、そこにはもうベルナールはいないのだ。ベルナールは貧困の時代にぼくらを取り残していった。それは愚かさが標準となり、政治がただの嘘でしかなくなってしまう時代だ。パンデミックは、彼が生涯をかけてたたかってきた悪を加速させてしまったのである。2016年ごろから、ベルナールはしばしば夢について、また夢みることの必要性について語っていた。産業資本主義は夢を破壊する。それはただ関心の操作をつうじて消費者主義を生みだしていくだけだ。彼にとって夢の能力は、カントが見落としていた能力である。ベルナールは、不可能なことを夢みる夢想家だった。ベルナールは、愚かさとたたかう闘士だった。彼自身、「たたかわねばならない il faut combattre」とよくいっていたように。ベルナールは、宮崎駿のアニメーション映画『風立ちぬ』をとても評価していた。この作品は、彼にとって夢みることの能力を明らかにした好例であった。そもそもすべての技術は、ほんらい夢である。だけれども、夢は悪夢にもなりうる。つまり薬理学的〔pharmacological〕だということだ。プラトンおよびデリダ以降では、ほかでもないベルナールこそが技術の薬理学者となった。だがいまや、科学や技術にかんするほとんどの大学は、産業ばかりのために仕事をしている。彼らは倫理について説くかもしれないが、もはや哲学を必要としていない。つまりもう夢みる力を失っているのだ。「風立ちぬ」という言葉は、ベルナールがヴァレリーの詩のなかで一番好きだった「海辺の墓」をもとにしており、それはつぎの一連で締め括られている。ベルナールという、ニーチェ以来のもっとも偉大な悲劇的人間が残したかもしれないこの言葉たちによって。

 

風 吹き起こる……  生きねばならぬ。

一面に吹き立つ息吹は 本を開き また本を閉じ、

浪は 粉々になって 巌から迸り出る。

飛べ 飛べ、目の眩いた本の頁よ。

打ち砕け、浪よ。欣び躍る水で 打ち砕け、

三角の帆の群れの漁っていたこの静かな屋根を。

 

ユク・ホイ

2020年8月8日

訳者: 伊勢康平

 

※訳者注記

・〔〕は訳者による補足である。訳注はあえてつけなかった・著作物などについては、既訳があるものは邦題のみを記し、そうでないものは、訳出した題と原文(英語)の題を併記した

・「海辺の墓」の引用は、『ヴァレリー詩集』、鈴木信太郎訳、岩波文庫、二四二頁に依拠した。なお旧字体や仮名づかいなどは変更している

インタビュー:テクノダイバーシティについて:ユク・ホイとの会話

IN HIS BOOK On the Existence of Digital Objects (2016), Chinese philosopher Yuk Hui drew on his background as a computer engineer and programmer to investigate digital entities like computer viruses, video clips, algorithms, and networks. In the foreword to the book, the French philosopher Bernard Stiegler described Hui’s thinking as a “generous and open theoretical milieu for exploration of human experience in connection to the infosphere.” A distinctive trait of Hui’s philosophy is its combination of Eastern thought with the European philosophical tradition. In The Question Concerning Technology in China: An Essay in Cosmotechnics (2016), Hui analyzes China’s hyper-rapid modernization in light of its long history of technological development and its relationship to the West. His most recent book, Recursivity and Contingency (2019), explores cybernetics and its merging of the artificial and the natural — i.e., machines and organisms. More than mere reflection, the philosophy of history underlying Hui’s work can be read as a program for practical change.

 

After a video-call with Hui in Hong Kong, where he was teaching aesthetics, I met with him in Los Angeles, where we continued our conversation on a visit to the Griffith Observatory, with its fitting double view of metropole and cosmos. In our discussion, Hui demonstrated his wide range of interests and his singular capacity to focus on philosophical problems in order either to solve them or to move beyond them. As the conversation unfolded, we continued over video-call, this time from Berlin, where Hui now lives and teaches.

 


 

ANDERS DUNKER: In your book about technology in China, you discuss the concept of “sinofuturism” — a Chinese vision of the future that is distinctively different from the one we have in the West. At the same time, you point out that China is becoming more like the West and thus risks cutting ties with its own traditions. You describe the new relationship between the Occident and the Orient as a “dis-orientation.” What does this process entail? 

 

YUK HUI: The Greeks made a distinction between the Occident, which Germans still call das Abendland, and the Orient. What counts as Occident and Orient has changed many times. For the Greeks, the Orient was Egypt and Persia, not China and Japan. Geographical orientation was also a technical issue, because it was only through novel navigational instruments that the West discovered the globe. From the 16th century onward, China and Japan found themselves lagging behind the West in technology and knowledge. As a direct consequence, the empires of the East were at last forced to open their gates and accept the colonizing powers of the West. China wasn’t conquered by the writings, values, or ideas of Europeans, it was conquered by technological discoveries and inventions. If we look at the history of East Asia (say, Korea, China, and Japan) we see that each of these countries at some point decided that they wanted to “catch up with the West.” One of the reasons was warfare — competition and military activities were closely connected to colonization. In fact, China started modernizing only after defeat in the opium wars against the British Empire at the end of the 19th century.

 

Being defeated often means you have to copy the conquering enemy. Must we accept this logic when it comes to modernization, no matter how much we want to reject cultural imperialism and a universal history wherein some countries and regions are more advanced while others lag behind? 

 

Let us remember that Oswald Spengler, in Man and Technics (1931), remarks that Europeans made a major mistake in exporting their technologies to other countries at the end of the 19th century. In his opinion, Europeans should have kept their technologies to themselves to make sure they kept their lead. That Japan vanquished Russia in 1905 was a signal that they might soon have the power to surpass the West in technological capacity.

 

For centuries, Japan resisted direct competition with the West — for instance, limiting their artilleries to bows and arrows and banning guns for over 200 years to protect traditional samurai sword fighting. Isn’t it striking that Japan started modernizing only after American warships forced them to open up for world trade?

 

The West needed hundreds of years to modernize. Japan completed the task in record time, moving from the middle ages to hypermodernity in 150 years. The same goes for China. Martin Heidegger wrote in the 1940s that only when communism comes to power in China will technology be “free.” What does he mean by that? Free means that it can be everywhere — that there is no longer any resistance. Heidegger talks about a technological planetarization. He says that civilization as such will be based on Western European thought, since non-European cultures haven’t managed to resist European technology. There is little point in writing local history and bolstering up regional traditions if you don’t know what to do when Google enters the world stage. Typically, you withdraw and defend your culture against the new technology, or you marginalize yourself as a subaltern. What has happened in globalization is that Western cultures have infiltrated other cultures and turned them upside down.

 

For a long time, as you point out in your book, China had a higher technological level than the West. And yet, China’s modernization still followed a Western blueprint. Did the world lose the opportunity to see an authentically Chinese modernity?

 

This is the big question. It was meticulously examined by the great sinologist and philosopher of technology Joseph Needham, who was a world-famous biochemist before he became a sinologist, writing and editing a great work in 26 volumes called Science and Civilisation in China (1954–2016). The question he asked was: If we accept that certain sciences were more advanced in China and the East than in the West before the 16th century, what were the crucial conditions that stopped China from developing modern technology and science? I have tried to ask this question in a different way. If we assume instead that China and Europe moved in two different directions in their scientific development, we can also avoid saying that one part of the world is ahead of the other.

 

Still, the act of resisting technological change means lagging behind, even in our times. Is there any viable alternative to the planetarization of technology — what you call a synchronization of the history of technology?

 

Instead of a universal history describing one technology with various stages of development, we can step back for a moment and instead describe technological development as involving different cosmotechnics. I call this technodiversity. Here, we must revisit the question of locality, which doesn’t necessarily entail that we take part in a discussion of ethnic groups and ideologies: Aryan, German, Russian, or whatever. We must rather think of locality in terms of systems of knowledge. Michel Foucault called knowledge systems epistemes and understood them as ways of life — ways of sensing and ordering experience, producing in turn certain forms of knowledge. Foucault emphasizes different epistemes in European history and orders them into epochs: Renaissance knowledge, classical knowledge, and modern knowledge. In his famous article “What is Enlightenment?” — which he prepared before his death in 1984 — he says that we also can understand knowledge as a way of thinking and feeling, as a sensibility.

 

In other words, different places and times have their own epistemes. What would it take for this diversity not to be effaced by the complete synchronization of cultural development?

 

First, we must recognize the diversity; then we must develop it further. Let me give you an example. I grew up in Hong Kong. My father had a Chinese pharmacy where he sold plants and herbs. Chinese pharmacists walk mountain paths collecting herbs to be made into medicines. Making medicine is a complicated procedure: some plants must first be treated, to extract the poisonous substances they contain, before they can be made beneficial to human health. Chinese medicine is based on Daoist cosmology, with Yin, Yang, and five kinds of Qi. If, from a Western perspective, you approach a Chinese doctor and ask, “Can you please show me your Qi and prove that this energy exists?” the answer would have to be no. If you can’t prove the existence of the energy at the base of your practice, how can you say that you practice a science? Here lies the problem.

 

But this doesn’t mean that Chinese medicine isn’t scientific. As an empirical science, it has functioned for 2,000 years based on a different epistemology. For a long time in Hong Kong, Chinese medicine has been ranked lower than Western medicine. If you go to a Chinese doctor, it won’t be covered by your health insurance because Chinese medicine is seen as unscientific.

 

Is this how Western technology establishes itself as universal, by monopolizing credibility and marginalizing what is different? 

 

Here we must be careful. I am not aiming to pit the relative against the universal, or see the particular in contrast to the universal, as philosophy often has done. I would rather point out that the universal is just one dimension of what is. You and I are both humans, but we are individual and different humans. In the same way, technology has some universal traits: from an anthropological perspective, technology is an extension of the body and an externalization of memory. But these gestures don’t work in the same way in all cultures. Chinese writing and the Latin alphabet are both externalizations of memory, but they are still extremely different. Chinese pictogram has a very different philosophical foundation compared to Western phonogram.

 

Derrida tried to explore this difference in On Grammatology (1967) in terms of a philosophy of relation versus a philosophy of substance — Leibniz versus Hegel — but he didn’t carry it further. Writing is a system for both memory and education of sensibility, and it can also be seen as a technology to preserve the distinctiveness of our culture. We cannot say which is better than the other. For the same reason, I don’t claim that Chinese medicine is better, but that different systems have different merits. If you have cancer, you might have to remove the tumor immediately, using surgery, because it can spread aggressively. Afterward, Chinese medicine can help you recover your health and strength.

 

Even granting that technological diversity has its advantages, is simply promoting diversity enough to combat the impending and fatal ecological disaster that you think synchronous technological development is causing? Isn’t it also necessary to change our technologies en bloc on a global scale? 

 

Western thinking always draws a distinction between good and bad, and seeks to remove what is deemed bad. We want to implement everywhere only the good side of technology. Peter Sloterdijk distinguishes between a dangerous “allotechnics” manipulating nature and a good “homeotechnics” cooperating with it. Bernard Stiegler says that technology is always both a poison and a cure, and he wants to separate the good pharmakon from the bad pharmakon. The division between good and bad is a philosophical gesture that goes back to Plato. He presents the philosopher as a judge with the task of determining what is good for the people.

 

For me, this is all very problematic. I don’t think we can come to a global agreement as to what is good and what is bad. Even if we have common problems we are trying to solve, that doesn’t mean there is a universal solution. There is no single way to respond to the collapse of ecosystems. We must understand that variation is a consequence of local adaptation. Biodiversity develops because of climatic variations, biological niches, and relations between particular plants, animals, and microorganisms. Something similar should hold for technologies. We need to explore the problem of the local, but we must be careful, since this is an extremely sensitive topic these days. Who is concerned with the local today? Marine Le Pen in France, Alternative für Deutschland in Germany, Aleksandr Dugin in Russia.

 

Dugin is influenced by a reading of Heidegger that tends to see technology as a tool for the spread of the moral hollowness he sees in liberal Western societies. To reject what is foreign and romanticize tradition seems an altogether obvious and dangerous mode of resistance.

 

Dugin misinterprets what Heidegger says. Heidegger doesn’t say that we should resist technology. He says that we mustn’t forget that there is also something else. This something else is the unconcealment of Being, which is forgotten in modern technology. Or, more precisely, the unconcealment in modern technology can only be carried out through a mode of challenging, of violence. With this statement, Heidegger abruptly ends his argument, but the way I understand him, he doesn’t call for a resistance to modern technology but rather a transformation of it. This transformation is at the same time a stepping back and a leap ahead.

 

If we want to deepen our understanding of the local, we should perhaps give a fresh look at the pre-romantic German thinker Herder, as Peter Sloterdijk told me he aims to do in a forthcoming book. Herder was the origin of German nationalism with all it entails, because of what he writes about the spirit of the people — der Volksgeist. In one way, he was the inventor of “the people.” Herder’s ideas are dangerous, but if you don’t dare confront danger, as Heidegger says, you end up with catastrophe.

 

Herder was worried that everything distinctive and original would be erased through the course of history, as the exchange between cultures makes them all similar. He despaired that Europeans were all speaking French, were forgetting their national customs, and seemed to dislike their own history and traditions. Today we find the same process all over the world, evidenced not only by the rapid loss of languages but also by technological unification. Is the world inevitably becoming more and more homogeneous?

 

Herder defends difference: different ways of life, different languages, different aesthetics. All these differences he sees as irreducible, as something that can’t and shouldn’t be replaced by something more universal. At the same time, we need to remember that Herder is not only a thinker of the local also an early cosmopolitan thinker, maybe even in a more interesting and theoretically credible way than Kant, whose courses he has attended in Königsberg. We must have the local as our point of departure, Herder says, but the local doesn’t need to be exclusive.

 

So, we might aim for a universality that is inclusive of diversity? The Chinese philosopher Zhao Tingyang has suggested that the Chinese concept of tianxia — “all under heaven” — is precisely such a concept of inclusive universality.

 

The problem, as I see it, is that the concept of tianxia is only relevant as long as “Heaven” exists. And in a Chinese context, Heaven is Cosmos. Tianxia was the cosmotechnics of the Chinese government, connecting morality and the cosmos, legitimizing laws and practices (as well as the government itself). The emperor was called tianzi, the son of Heaven. As such, he had the legitimacy to be at the center of the political sovereignty, and to govern the people, including the fringe “barbarians.”

 

And what is cosmotechnics, exactly?

 

For the Greeks, “cosmos” means an ordered world. At the same time, the concept points to what lies beyond the Earth. Morality is first and foremost something that concerns the human realm. Cosmotechnics, as I understand it, is the unification of the moral order and cosmic order through technical activities. If we compare Greece and China in ancient times, we discover that they have very different understandings of the cosmos, and very different conceptions of morality as well. The arbitration between them also takes place in different ways, with different technologies. A cosmotechnics of the tianxia type is no longer possible in a time that no longer has a conception of “Heaven,” as people did in the past. Like other big nations, China has satellites orbiting the Earth. The heavens have become a secular place, utilized by humans, and can no longer play a role as a morally legitimizing power.

 

In Recursivity and Contingency, you speak about the need to “recosmicize the world.” You borrow this term from Augustin Berque, who pointed out that the modern world no longer has a cosmos, understood as a moral and meaningful order, and that colonization by the West has robbed other cultures of their distinctive conceptions of the cosmos. He says that the universe, as it is described in science, has nothing to do with the classical cosmos, since scientific explanation has no moral significance whatsoever. Does this mean that we are faced with the task of recosmicizing not only our world, but the universe itself? Is the universe, discovered by astronomy, still waiting to be given a proper moral significance? 

 

When we think of astrophysics, we see the universe as a thermodynamic system that inexorably moves toward destruction and heat-death, where stars are nothing but basic elements in nuclear reactions and where their twinkling has nothing to do with us. In this sense, it seems absurd to recosmicize the Earth and the universe; it can’t lead to anything but superficial mysticism and naïveté. Astrophysics only informs us of certain facts about the universe. It has no ambitions of telling us how to live. What kind of life should we imagine in light of recent astrophysical discoveries? Physics has no ambition to answer these questions.

 

“Recosmicizing” doesn’t mean giving some mystique back to the stars and cosmos, or giving technology a mystical meaning, but rather understanding that we must develop ways of life that solve the conflict between modern science and tradition, between technology and mysticism whether we choose to talk about the Chinese Dao or Heidegger’s Sein. We must give the non-rational a place in a culture that is otherwise rational — the way, for example, that poetry gives the unknown a place in communication through an unconventional and paradoxical use of language. Art and philosophy can’t choose science as their point of departure. If they do, they become footnotes to positivism. They should not abandon science either, but rather tend to it and show the way to other modes of understanding the world. To paraphrase Georges Canguilhem, we must return technology to life.

 

What about people who want to develop new technologies in order to establish a new life in outer space? Does this also represent a cosmotechnics? For instance, the rocket billionaires, Bezos and Musk, who dream of colonies in space and a colonization of Mars?

 

There is a great passage in Nietzsche’s The Gay Science (1882), where he talks about “the horizon of the infinite.” It describes the moderns who have abandoned land for the pursuit of the infinite, yet, when they are in the middle of the ocean, there is nothing more fearful than the infinite there is no more home to return to. The desire of the moderns, described by Nietzsche, continues to produce an effect of disorientation, while the sentiment that there is no longer any home to return to provides a huge market for psychotherapy and spiritual salvation. The longing for the infinite transports us toward the inhuman.

 

For Jean-François Lyotard, there are both positive and negative infinities, which are connected to different forms of rationality. Positive inhumanity captures us in rigid technological systems, like we see in China with the social credit system. The positive inhuman is one that is “more interior in myself than me” — for example, God for St. Augustine. We humans carry something inhuman in us, which is irreducible to the human and which maintains the highest intimacy with us. At the outset of his book L’Inhumain (1998), Lyotard asks if the ultimate goal for science is not that of preparing for the death of the sun, which, granted, lies unimaginably in the future, but which also entails the destruction of all living beings on Earth.

 

Rocket billionaires, who are all transhumanists, want to overcome finitude: the finitude of human life and of life as such. This longing for the infinite also implies no limit to capital accumulation. Overcoming human limitations — the search for eternal life — also implies an infinite market. In a way, the same happens in space exploration: investors want to profit from the Earth losing its meaning, as if leaving the planet were a matter of leaving one spaceship to enter another. I don’t think it is wrong to explore, or to try to understand the universe, but the conquest we see today seems to me to be merely a preparation for tomorrow’s consumerism. Transhumanists impose on us a false choice because they connect the question of the future of human existence with the question of immortality and describe Earth as a mere spacecraft.

 

In your last book, there is a passage about the secularization of space in which you mention that Elon Musk has launched his Tesla roadster into orbit around the sun. You see this as the first step in the commercialization of the cosmos and the next step as mining on other planets, effectively reducing them to mere natural resources, raw material.

 

As far as I’m concerned, Elon Musk can send his car into space or even travel to Mars, but we should not believe that these projects are the necessary next step in a certain technological development. This doesn’t mean that I see travel in outer space as irrelevant or dangerous in itself. Humankind has speculated for a long time about what is out there among the twinkling stars. It is the same curiosity that has brought forth science and technology. The progressives choose science and the reactionaries choose tradition, but we can also choose to follow a third path — the way of thinking.

 

I have meticulously followed this third path by asking if we can begin from a cosmological perspective and find new ways of coexisting that will allow us to transform modern technology. My aim is not to refuse modern technology nor to see it as a cause for uprootedness, but rather to see the irreconcilability of technology and science with tradition as something fruitful, as a gesture I call “tragist.” This is a main subject of my new book Art and Cosmotechnics [published by the University of Minnesota Press in May]. The discrepancy can be fertile soil for new thinking. In The Question Concerning Technology in China, I try to find out how we can deploy Chinese philosophy to enable ourselves to think differently about the contradiction between tradition and modern technology. I hope to derive a Chinese technological thought from an interpretation of Qi and Dao, which should not be understood as mystical concepts but rather as frameworks for thinking about our relationship to the nonhuman — to the 10,000 beings that Lao-Tse talks about —  whereby the use of technology must follow Dao, as a philosophy of nature and a philosophy of life.

 

Since the Renaissance, nature has often been reduced to something solely material and mechanical that can be manipulated through human cunning. Is there a credible Western alternative to such a mechanistic worldview and its associated instrumental rationality?

 

Romantics and idealists in Kant’s time felt a need for something different from the mechanistic legacy of Descartes. They found a new metaphor in the “organism.” What we have here is an idealization of the organic, which also manifests itself in Kant’s cosmopolitan philosophy. The idea is that if a country misbehaves, it will be punished by losing the respect of other countries. More concretely, it will be subjected to boycotts and embargoes. The interests of trade make international politics into a self-regulating, organic system.

 

In Recursivity and Contingency, you explicitly read Kant’s organic thinking as an early form of cybernetic theory. Heidegger famously pointed out that cybernetics was about to take over our thinking, or at least the philosophical form of thought that seeks to reflect upon the world and play an active role in history. How could the idea of organic self-regulating systems look so promising and inclusive at first, and yet end up becoming such a threat to philosophy?

 

Cybernetics was promoted as an attempt to transcend the many contradictions of science. Hans Jonas, a pupil of Heidegger, discusses this in his book The Phenomenon of Life (1966). He said that with cybernetics we have, for the first time, a unified theory that is not dualistic. Instead of thinking in terms of logical contradictions, we think in terms of processes: inputs, outputs, and feedback loops. In the 20th century, organicist thinking was further elaborated in Alfred North Whitehead’s philosophy, but it also became a part of the practical development of technology. Two centuries after Kant wanted to save philosophy from the mechanical by recourse to the organic, this way of thinking has become a part of technology. Using organic thinking, based on technology, to criticize modern technology becomes a fallacy — a misplaced fallacy, as Whitehead would say. When the organic already has merged with technology, cybernetic thinking has come to an end.

 

Do we end up in a position where a critique of technology functions as part of the same technological system — i.e., where criticism becomes just another piece of input, another feedback loop programmed into the machinery? If we really think cybernetically, when we repair or upgrade a machine, program, or mechanism, are we not also becoming a part of the machinery, an instrument for its improvement?

 

Yes, according to what we call second-order cybernetics, humans and machines are connected in a recursive movement, which becomes an instance of what Hegel calls a master-slave dialectic.

 

For Hegel, this dialectic was about power, knowledge, and recognition. The master exploits the slave for work and services. But who is the master and who is the slave here?

 

Machines are slaves but at the same time masters because human beings have to service them and come to depend on them. Once we look at ourselves as servants of machines, we arrive at what Hegel calls unhappy consciousness. To overcome unhappy consciousness, we need either a Hegelian reconciliation or a Nietzschean will to power. At the moment, however, there is difficulty in gaining recognition from machines unless we hardcode them to unconditionally subordinate themselves to us; this is what has been proposed in so-called “AI-ethics.”

 

For us to have a real choice with respect to the growing influence of new technologies, we also need to assume that technological evolution isn’t determined — that is, that we could have developed radically different technologies than those we have today. Are we really free to choose and shape tomorrow’s technologies?

 

History is contingent, which means simply that it could have been otherwise. If the Mongols had conquered the whole world, we would have a different world history, and probably another understanding of history as such. In light of this, it’s important to be open to different futures, to see numerous possibilities.

 

That the conception we have about our technological future really matters in the present day is something I can illustrate with a personal experience. I recently gave a course in the philosophy of technology in Germany that had 25 students, mostly from the humanities. I asked them: “How do you see the future given the latest developments in artificial intelligence and genetic engineering?” Ninety percent of them said they found our future prospects despair-inducing. The reason is obviously that they have very determined ideas about the future — for instance, that they will be replaced by machines. They will have to upgrade themselves to find a place in society. Personally, I don’t think this needs to be the answer. We shouldn’t give in to such perspectives but rather actively resist them.

 

Isn’t technological determinism, so ubiquitous in Silicon Valley, just a lot of hype, as if to say: “These disruptions are on their way, so it’s better to get ahead of things than to bother resisting”?

 

This rhetoric is the reason why all these tech companies employ futurists. The worst is Ray Kurzweil, of course, who says that that the so-called singularity is near and by 2025 we will become immortal. I say it in all my books: we must not give in to this kind of deterministic propaganda from Silicon Valley.

 

What about Elon Musk’s research program, Neuralink, which aims to connect computers to the brain? What do you say to his argument that humans should upgrade themselves to stay relevant when artificial intelligence starts outperforming us?

 

It is very vague, if not illogical, to say that we need to be ahead of technology, since if the “we” is humanity, then it is constituted by technology itself. “We” will only find ourselves always being late. Human-machine interface research has existed for a long time, and the desire to perfect the human being (including intelligence, emotion, and lifespan) has been a major motivation for that research, also known as transhumanism. In the past, perfecting the human being was done through education — aesthetic training, physical discipline, intellectual development, et cetera. In Musk’s vision, education will be replaced by a brain-microchip apparatus. This undermines the idea of Enlightenment humanism because microchips, instead of reason, are to mediate between the human mind and its world.

 

So where do we go from here?

 

Human beings have created a problematic decision for themselves: “to cut” or “to connect.” Biotechnology is introducing a new eugenics, which is at the core of 21st-century biopolitics. Enhancement of intelligence suggests better chances for employment and success. If you remember the famous Japanese anime Ghost in the Shell (1995), the anarchists who decided to cut were finally raided and transformed into cyborgs.

 

So, what is the message here — is the general idea that we don’t have a choice to disconnect from these biopolitical networks and impending updates to our bodies and our lives?

 

Precisely because our idea of “progress” implies a historical movement toward a unified goal, it resists all fragmentation and diversity in evolution. As a consequence, freedom and democracy are placed under threat. On top of this, the ideology of Silicon Valley increasingly sees freedom and democracy as irreconcilable goals. This is the case, in particular, for the investor Peter Thiel: for him, there is no doubt that freedom first and foremost means economic freedom, freedom for multinational corporations. The enormous investments in biotech are a preparation for a time when ethical limitations will be overcome or set aside so that technologies of biological intervention can freely circulate in the market. This is a gigantic force that everyone feels, but nobody knows how it will manifest or how people will react. To me, this is the point where technodiversity becomes important and decisive. If we don’t manage to demonstrate that there are other alternatives, the transhumanist ideology will conquer the whole world.

 

Do globalized and ubiquitous technologies have to become universal, in the sense of being regarded as true, necessary, and binding?

 

If you read Henry Kissinger’s article “How the Enlightenment Ends,” which appeared in a 2018 issue of The Atlantic, he discusses how the Enlightenment depended on the new technology of the printed word to spread its philosophy. Kissinger says that we now have technology that spreads itself, but which lacks a philosophy. This leads to the end of the Enlightenment. There is a blind spot in this argument, however — namely that the Enlightenment’s claim to universality persists, even after its end, in the guise of “technology.” In that sense, technology in itself becomes the universal. So, what we have to do is to radicalize Kissinger’s critique by rejecting this understanding of technological development as something given and predetermined — i.e., as something universal.

 

Still, shouldn’t we be able to accommodate the best of Enlightenment humanism, which educates us to reason and allows us to navigate between ourselves and the world? 

 

Kissinger’s understanding of the Enlightenment is narrowly restricted to what we call the Age of Reason, which consisted in a fight against superstition, injustice, and poverty. The spread of Enlightenment ideals is important to understanding contemporary democracies. My response to Kissinger should not be understood as a claim against the Enlightenment. The problem, rather, is that, in his critique, he contributes to universalizing a dubious mentality. Kissinger’s article is an invitation to conceive of a new form of politics, a new form of technological globalization, and a new world order. Even if Kissinger’s article strikes a critical note, it leads us into a dangerous way of thinking, into a politics racing toward technological singularity, particularly with respect to military technology, surveillance, and administration. In the years to come, everything will revolve around artificial intelligence. China, Russia, and America all strive to be the leader in this field. This development cannot possibly be seen as a continuation of the Enlightenment. Technological singularity is a completely apocalyptic goal.

 

In this respect, do globalization and the synchronization of technology represent a world-historical level of risk? Are these factors present in the climate crisis, given that Earth’s atmosphere absorbs the by-products of modern technology? Can we call global warming a negative universality, as Dipesh Chakrabarty does, defining humanity by means of a common, grand-scale problem-complex?

 

What we now call the Anthropocene is a consequence of technological and industrial expansion after World War II. The basic premise for this period of growth was rapid industrialization. Industrialization over the last 70 years is the direct cause of global warming and the dawning of the Anthropocene. But that doesn’t imply that we can or should attempt to remove industry to try to solve our problems. We have become dependent on an industrial form of life, so the only conceivable solution is to change our industries.

 

As Charles Fourier said in his time, we need to encourage a new industrial spirit. The kind of industrialization we have today is deeply problematic because it is so closely connected with industrial society. Constant abundance implies constant overproduction. If we look at agriculture, this is demonstrated flagrantly by the meat industry. Do we really need to eat this much meat? I don’t think so. When I grew up, I had chicken only once in a while, and I didn’t complain. We all know that the current industrial system is unsustainable.

 

Even those who promote organic agriculture emphasize that overproduction is harmful due to the development of monoculture and the widespread use of chemical fertilizers and pesticides, all of which contribute to the destruction of biological and cultural diversity. Would you consider a variety of local farming techniques to be an example of technodiversity? 

 

Absolutely. If you want to avoid using pesticides, you will soon discover that there are a number of alternative approaches, including rotations of particular combinations of crops. There are also, for instance, specialized techniques of breeding certain insects that will eat harmful insects. This is technodiversity. My suggestion is that we organize a collective project to deliberate and discuss questions concerning technodiversity and the future of philosophy. And this is not a task for a single person — it is a task for a whole community.

 

Should we conceive of this community as planetary in size? Given that the problems we face are common to all, governance and decision-making regarding the development of technology is part of the destiny of the Earth itself. In your book about cybernetics, you also discuss James Lovelock and his Gaia theory. What is the relationship between your reconsideration of modern technologies and a planetary cybernetics? 

 

Lovelock was a former NASA employee. He had worked at the Jet Propulsion Laboratory doing research on the atmosphere of Mars. Comparing the lifeless desert environment of Mars to the living Earth inspired him to develop his Gaia theory, which says that our planet works like a cybernetic system stabilizing itself through organic processes. He added another point: through technology we can “wake up Gaia.” Satellites and antennas, for instance, are technical extensions giving Gaia new senses and technological unity. We can start to understand its workings through intelligible feedback mechanisms. The early Lovelock was a cybernetician.

 

Yet even with all of our satellites and antennae, we have yet to wake up Gaia. We have only just begun the technification of the Earth. Since cybernetics seems to transcend the divide between technology and nature, it is tempting to see it as a universal solution — a new universalism. If we really were to understand the Earth cybernetically, we would need to experiment with it, like a black box, where we find out, through trial and error, what works and what doesn’t. But how many times can we flirt with destroying the Earth in an effort to make that work? If we try to use cybernetic theory to solve environmental problems, we lose sight of the fact that our relationship to nature is integrally related to human sensibility, for which there is little room in cybernetics. When we think of humans and the Earth as a cybernetic system, we have already lost the world.

 

How so?

 

Because reducing the world is losing the world. This is what Heidegger calls forgetfulness of Being. Forgetfulness is not something that happens because we overlook Being, or because we fail to give Being a place in our understanding of the world, but rather because we think that the whole world is transparent and penetrable to our understanding — we think that everything can be calculated. The first thing we need to do is to reconsider the distinction between what is calculable and what is incalculable. Then we must learn anew how to approach the world as the Unknown.

 


 

A Norwegian-language version of this interview is scheduled to appear in the pan-Scandinavian journal Vagant, edited by Audun Lindholm, later this year. We would like to thank Julian Davis for helping to prepare this English version.

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Anders Dunker is a Norwegian writer and journalist, currently living in Los Angeles.

インタビュー:Singularity Vs. Daoist Robots

I. Cosmotechnics, East And West

 

Gardels: You emphasize in your work that different civilizations arose and are shaped by foundational cosmologies. What do you mean by “cosmotechnics”?

 

Hui: Because our technological creations are challenging historical limits through climate change, artificial intelligence and synthetic biology, it is critical to reexamine the diversity of cosmotechnics, or how technology is infused with a worldview. The modernizers of China during the last 150 years have enthusiastically embraced the Western meaning of technology — tools to establish human dominion over all else. However, in order to go beyond Western modernity and the current mode of global modernization, we have to reflect on how non-European thought and corollary ways of being can affect the development of technology.

 

This task demands a new interpretation of the history of both Eastern and Western thought in view of current technological development. I have attempted to understand Chinese cosmotechnics through the dynamic relationship between two major categories of traditional Chinese thought: “dao,” or the ethereal life force that circulates all things (commonly referred to as the way), and “qi,” which means tool or utensil. Together, dao and qi — the soul and the machine, so to speak — constitute an inseparable unity.

 

Throughout Chinese history, the understood unity of dao and qi constituted the morality and form of life proper to each successive epoch. This unity has both motivated and constrained the development of technology in China compared to the West, where technology has been driven by instrumental reason through which tools are fashioned as a means to overcome rather than to harmonize with nature.

 

One clear manifestation of this that remains today is the difference between traditional Chinese and modern Western medicine. Modern Western medicine heals by applying science to the body mechanistically. Traditional Chinese medicine heals by trying to foster harmony within the body. Traditional Chinese medicine uses the same vocabularies as traditional Chinese cosmology — the yin and yang of complementary opposites, for example, or the five elements of wood, fire, earth, metal and water, through which flows the healing energy, known as “ch’i” (or qi, which means energy, but we give the orthography ch’i so that we can distinguish it from the other qi, which means tool).

 

Gardels: When we hear the word “morality,” it implies a just and righteous code for how to live. Would you give me some concrete examples of what you mean by the morality that results from the unity of dao and qi?

 

Hui: What the ancient Chinese called morality wasn’t the obligation to follow rules governing behavior. For the ancients, morality — or in Chinese, “de” (virtue) in harmony with dao — means the affirmation and appreciation of the kindness of heaven and earth.

 

This is evident in the “Book of Changes,” where heaven and earth, or “qian” and “kun,” both condition and model a great personality. One way of interpreting the beginning of the “Book of Changes” is: “The Heavens are in motion ceaselessly, the enlightened exert themselves constantly. While the Earth is supportive and natural, only the virtuous can bear the utmost.”

 

For Confucians, to be a sage is to recognize the mandate of heaven because, despite heaven’s constant changes, the enlightened sage is able to interpret its moral connotations and thus recognize its mandate. Daoists affirm this creative antinomy as dao and de, which, for them, actually bespeaks innocence, as in the status of a newborn baby who has a kind of uncontaminated openness.

 

Dao is neither nothing nor being, but rather the principle according to which an oppositional continuity is maintained. It is a recursive movement that maintains the continuity between a set of oppositional pairs: in cosmology, the continuity between “wu” (nothing) and “you” (being/having); in metaphysics [1], that between “ti” (body) and “yong” (use); in the philosophy of life, that between “tian” (heaven) and “ren” (human); and in social and political life and cosmotechnics, that between dao and qi.

Like the Chinese, the ancient Greeks also saw these oppositions in existence. The fundamental difference, however, which still echoes all these centuries later, is that the Greeks saw a discontinuity or contradiction instead of continuity or harmony in these forces.

 

II. The Relational Flux Of Becoming

 

Gardels: So in Daoism and Confucianism, as well as in Japanese Shintoism, there is a relational sense between humans and the cosmos, or natural order — not humans apart from nature or each other but a fundamental unity in all things?

 

Hui: Yes. At risk of oversimplification, one may say that Chinese thought is fundamentally relational, while Western thought, beginning with the Greeks, is fundamentally about being as substance.

 

In Western philosophy, there is a tension between the essential and the accidental, which Aristotle announced in “Categories.” For Aristotle, if being is relative (which is also one of the accidents) — and thus being depends on other beings — then we will have difficulty defining its essence or substance.

 

Taking up this incompatibility, we may say that Eastern thought is rooted more in relationality than in the quest for the absolute or the essential. Indeed, in Jacques Derrida’s “Of Grammatology,” he compares the Western phonogram and the Chinese pictogram, concluding that a phonogram is correlated to substance, while the Chinese pictogram is relational.

 

The British biochemist and sinologist Joseph Needham, in his study of China and technology, translated this relational sensibility (“ganying”) as a “resonance.” This resonance between the subject and the cosmos is the ground of morality; if one doesn’t follow this resonance, then he or she is acting against nature. Here, nature doesn’t mean the environment outside of me but rather the way things are — the natural order. It is dao plus qi rather than either alone.

 

Some philosophers, notably the contemporary French thinker François Jullien, have argued that there is no ontology, or a metaphysics of the nature of being, in Chinese thought. Consequently, the question of being was never prioritized in the way it has been in the West.

 

To be sure, every generalization at this scale encounters exceptions. What we can say here is that, in Chinese philosophy, there is no search for being or eternal form that we see, for example, in Plato’s “eidos,” the permanent reality that makes a thing what it is, or Aristotle’s more empirical “morphe,” or form. It is all the relational flux of becoming, not an arrest into a defined form of some essential being.

 

In the West, we can think of the absolute as some kind of finality or ultimate reality. Accordingly, we can think that our knowledge progresses toward this end, this quasi-divine Hegelian “absolute spirit.” But it is difficult to find any such absolute in Chinese thought. The Daoists think that it makes no sense even to wonder what is the biggest, the smallest, the absolute, the endpoint, because there is always something beyond all this: the dao, the way, the constant creation and re-creation of something larger and smaller than what we can know.

 

Chinese thought is thus less teleological than Western thought — less teleological [2] in the sense that it is always subject to the change of heaven and earth. It is never something that can be realized as such. The end is in the noumena of the constantly regenerative cosmos, not in the defined phenomenal world that we can discover through our senses.

III. The End Of The Enlightenment

 

Gardels: Heidegger talked about cybernetics [3] as the end of Western metaphysics because, through feedback loops within a system, the organism and the machine, the objective and the subjective, were able to integrate. Henry Kissinger more recently argued that the advent of AI marks the “end of the Enlightenment,” of human-centered philosophy since, like humans, machines can now adapt to their environment by incorporating, through learning from experience, the unexpected events of contingency.

Now, Kissinger argues, instead of the Enlightenment philosophy giving birth to the technological domination of the West, AI is propelling the search for a new philosophy.

 

Where do you agree or disagree with these conclusions?

 

Hui: Because Heidegger read the works of the [American philosopher and mathematician] Norbert Wiener and other cybernetic thinkers, he understood the profound implications of uniting the organic mind with the machine through regenerative feedback loops. In this way, an ostensibly Western thinker may be seen to approach a Chinese cosmotechnics. When Heidegger talked about the end of metaphysics, he meant the end of Western philosophy as it has passed from Plato and Aristotle through Christianity to Hegel.

 

In his famous interview with “Der Spiegel” in 1966, “Only a God Can Save Us,” he was asked, what comes after philosophy? His answer: “Cybernetics.” In German, the word “end” can also be translated as “accomplishment,” “fulfillment” or “completion.” So for Heidegger, the modern technology of cybernetics was the fulfillment of Western metaphysics.

 

Technological prowess — ultimately manifested in cybernetics and later AI, which, through feedback loops and learning algorithms, can adapt to the environment like organisms — emerged from this metaphysics and overcame it by sublating the organism and the machine into each other as one.

 

The French philosopher Henri Bergson opposed mechanism with his notion of the “élan vital,” or vital impetus. Wiener’s cybernetics announced that this opposition is a false one, since cybernetic machines overcome this opposition. Or to put it another way, whereas modern philosophy used to rely on an organic, vitalist notion to position man’s capacity for thought against machines, the claim of cybernetics was to have overcome this dichotomy.

 

Why did cybernetics make such a difference and not the early automated machines that Karl Marx spoke of? For Heidegger, cybernetics was a more advanced, organic or organismic form for understanding being, one that represented the technological and mechanist triumph of modernity over nature. In this way, modern technology is the fulfillment of the history of metaphysics.

 

The recursivity of cybernetics and the learning loops of AI in fact represent this transcendence of metaphysics. Recursivity is not the mere mechanical repetition of Marx’s automation machines that he observed in the factories in Manchester; it is characterized by the looping movement of returning to itself in order to determine itself, while every movement is open to contingency, which in turn determines its uniqueness.

 

This idea of recursivity corresponds to what we have understood as the soul. The soul has the capacity of coming back to itself in order to know itself and determine itself. Every time it departs from itself through a new encounter, it actualizes itself in the traces we call memory. New information — contingency — triggers the process of individuation. As the anthropologist Gregory Bateson put it, information is “the difference which makes a difference.” That is why he spoke of “an ecology of the mind.” The uniqueness of every being is constituted by this play of recursivity and contingency.

 

Gardels: Speaking of contingency, I can’t help but mention here our present experience of the global coronavirus pandemic. It has put not only individuals but entire societies on a different trajectory, setting in motion a whole new set of recursive loops, from daily habits to the way we look at microbes.

 

Hui: Certainly, that is true. But to return to Kissinger, apart from understanding his statement from a geopolitical point of view, we can also look at it from the perspective of history of technology and thought. The Enlightenment is the age of mechanism, fueled by the Encyclopedists’ optimism of progress, which is reassured by the belief in the possibility of infinite improvement of mechanical tools. We are no longer in an age of mechanistic machines described by the Encyclopedists of the Enlightenment, or of the thermodynamic machines later described by Marx, but rather in a new machine age. Where mechanism presupposes a linear causality, with the “becoming organism” of cybernetics and AI, the end of every beginning is the beginning of another beginning.

 

Gardels: As Western metaphysics transcends itself, it would seem to grow distinctly Daoist. This suggests that the new beginning Heidegger was searching for already appeared in the East, where he did not want to look, planting his project in the earliest tradition of European thought.

 

Along with this pre-Socratic search, however, Heidegger’s thinking about an inner truth from the 1930s continued to echo in the 1960s. “Everything essential and of great magnitude,” he told his “Der Spiegel” interviewer, “has arisen only out of the fact that man had a home and was rooted in a tradition.”

 

This further suggests that the inner truth of being-as-such and being-in-totality can only be constituted, echoing [the German philosopher] Johann Gottfried Herder, within the context of the “heimat” (homeland) and “volksgeist” (spirit of a nation’s people). This corresponds with your idea of a diverse cosmotechnics and the Daoist cosmology from which it springs.

 

Hui: Yes. This is also why I wanted to associate Heidegger’s project with what I call cosmotechnics, especially when he wants to rearticulate the meaning of technē in ancient Greece as the unconcealment of being, which the Greeks call truth, “aletheia.” Thinking rooted in the earthy virtue of place is the motor of cosmotechnics. However, for me, this discourse on locality doesn’t mean a refusal of change and of progress, or any kind of homecoming or return to traditionalism; rather, it aims at a re-appropriation of technology from the perspective of the local and a new understanding of history.

 

IV. A New Axial Age

 

Gardels: Does all this suggest we are entering a new “axial age,” as the German-Swiss philosopher Karl Jaspers named that period 2,000 years ago when all the great religions and ethical systems — Confucianism in China, the Upanishads and Buddhism in India, Homer’s Greece and the Hebrew prophets — emerged simultaneously in a de-synchronized and mostly unconnected world?

 

In history, the accomplishment of convergence yields a new divergence. As we’ve been discussing, the search for a new beginning after the triumph of modernity is now underway. The global conquest of the West and its philosophy has now reached its limits and is fragmenting. The dialectic is turning. The modern Tower of Babel is poised to crumble.

 

If we are in a “new condition of philosophizing,” what comes next?

 

Hui: We are at the beginning of what you call a “new axial age” as a result of this universalization and convergence. The question now is not “what will happen,” but “what can happen?” To philosophize, you need to start with the impossible before the possible.

 

To explore this, we need to return to the fundamental differences between the Western and Chinese cosmotechnics, which have been forgotten and assimilated to a universal mono-technology in the process of modernization. The consideration of Chinese cosmotechnics in the West has rarely gone beyond comparisons about the advancement of particular technologies in particular points in history.

 

I am opposed to the complete realization of a unified global system represented by transhumanists such as Ray Kurzweil and Peter Thiel. Rather than converging teleologically toward a quintessentially Western singularity [4], we need to envision alternative possibilities, bifurcations and fragmentations. The new beginning must have a multiplicity of starting points opened up by fragmentation.

Gardels: So instead of an accelerated competition to achieve the universalization of singularity, you see resistance to it as the only possibility of a new beginning? But what would a Chinese cosmotechnics look like? For now, its main manifestations seem to be CRISPR babies and the surveillance state.

 

Hui: The reason I have articulated cosmotechnics as the unification of the moral and cosmic order is that it is not purely a technical activity in the sense of the conquest of nature. Technology dwells in a reality that is much larger than it. The ignorance of this reality leads to the total domination of technology, hence the domination of a particular form of life and way of thinking. It is not just about whether China can develop a better algorithm for its social credit system or whether it can develop better 5G technology — both contribute to the mono-technological culture of the present. The more fundamental question is how a cosmotechnics rooted in Chinese thought could develop an entirely new framework for what has been understood in the West as scientific “progress.”

 

Some have quipped that what I am speaking about is Daoist robots or organic AI … that sounds really exotic. But on the other hand, we can understand these quips as invitations to reflect on how non-European thought can intervene in the technological acceleration that we have today and change course. Will rethinking and rearticulating the concept of technology allow us to develop a new direction? This does not necessarily mean more advanced technologies but discovering and inventing both new epistemologies and epistemes as a response to the crisis of the Anthropocene, not least climate change.

 

Gardels: Any summary comments?

 

Hui: Let us conclude by going back to the Enlightenment. As the Enlightenment demonstrated, philosophy is fundamental to revolutions since it changes the basic principles of politics, society, morality, education, religion, international relations and law.

 

Such a notion of philosophy has to be turned toward the possibility of a new world history. Maybe we should aim for a goal that is the opposite of that of Enlightenment philosophy: to fragment the world according to difference instead of universalizing through a presumed absolute. A new world history has to emerge in the face of the meltdown of modernity.

 


 

1. Metaphysics is a branch of philosophy that uses broad, abstract concepts — such as being, knowing, space and time — to help define reality.

2. Teleology is the explanation of phenomena in terms of their purpose, goal or endpoint.

3. Cybernetics is the study of automatic control systems, such as the nervous system and brain and mechanical-electrical communication systems.
4. The singularity is the point at which artificially intelligent machines and/or cognitively enhanced biological intelligence surpass human intelligence.

論文: ユク・ホイ 『百年の危機』

百年の危機

ユク・ホイ Yuk Hui

訳=伊勢康平 Kohei Ise

★=原注 ☆=訳注

[]=著者補足〔〕=訳者補足

 

 

もし、哲学がかつて役にたち、欠陥をおぎない、あるいは病を予防するものとしてあらわれたことがあったのなら、それは健全な文化のなかでのことだった。病におかされたものにとっては、哲学は病をいっそう重くするだけなのである。

——ニーチェ「ギリシア人の悲劇時代における哲学」[☆1]

 

 

 1「精神の危機」から100年後に

 

1919年、第一次世界大戦が終結したあと、フランスの詩人ポール・ヴァレリーは「精神の危機」のなかで言った。「われわれ後世の文明は……自分たちが死すべき者であるとあまりに思い知っている」[★1]。私たちは、いつもこのような破局のなかで、それも一撃のあと après coup としてのみ、自分たちが脆弱な存在だと思い知るのだ。そして「精神の危機」から100年後、この惑星は中国からきた一匹のコウモリによってあらたな危機を迎えている——コロナウイルスがほんとうにコウモリに由来するのなら。もしヴァレリーがまだ生きていれば、彼もフランスの自宅からの外出を禁止されていたことだろう。

 

1919年の精神の危機のまえにはニヒリズムが、つまりある種の虚無があった。それは1914年よりまえにヨーロッパにとり憑いていたのである。まさにヴァレリーは、大戦前の知識層についてこう言っている。「私は目のあたりにする……無を! 無……ただし無限の可能性を秘めた無を」。また1920年の「海辺の墓地 Le Cimetière Marin」というヴァレリーの詩には、「風が吹き起こる! ……生きようとしなければならない!」[☆2]というニーチェ風の肯定主義的な呼びかけを見てとることができる。この一節はのちに〔「風立ちぬ」という堀辰雄の訳で〕宮崎駿のアニメーション映画のタイトルに用いられた。これは堀越二郎という技術者を描いたもので、彼は大日本帝国のために、のちに第二次世界大戦で使用されることになる戦闘機を設計した人物である。ヴァレリーが直面したこのようなニヒリズムは、ニーチェ的な試練というかたちで再帰的にあらわれる。つまり寂寥きわまる孤独のうちにデーモンが忍び込み、おまえは永劫回帰のなかを生きたいかと問いかけるのである——おなじ蜘蛛におなじ樹の間の月光、そしておなじ問いを投げかけるおなじデーモン……[☆3]。このニヒリズムと共に生きることも、正面から向きあうこともできないような哲学は、なにひとつ充分な答えを出さない。なぜならそのような哲学は、病をかかえた文化の容態をより悪化させるだけだからだ。あるいは、私たちの時代でいえば、そうした哲学は、せいぜいソーシャルメディアで流行りのおかしな哲学的ミームのうちに引きこもるしかないのである。

 

ヴァレリーが戦っていた当のニヒリズムは、18世紀以来、技術の加速とグローバル化によってたえず育まれてきた。ヴァレリーは、さきのエッセイの終わりにかけてつぎのように述べている。

 

しかし、ヨーロッパの精神は、あるいは少なくともそのもっとも貴重な内容は、余すところなく伝播しうるのだろうか。民主主義や地球の資源開発、それから技術の一般的な普及といった現象は、ヨーロッパの公民権喪失 deminutio capitis の前兆となっているが……そのすべては運命の絶対的な決断だと考えられなければいけないのか?[★2]

 

かつてヨーロッパは、このような伝播を肯定しようとしたのかもしれないが、しかしいまやこの伝播の脅威に直面しうるのはヨーロッパだけではない。そしておそらく、ヨーロッパの「悲劇性 tragist」[★3]の精神では、この脅威をふたたび完全にのりきることはできないだろう。「悲劇性」とは、なによりまずギリシア悲劇と関連している。それはまた精神内部に生じる矛盾を解決しようと努力する精神そのものの論理でもある。私は、「啓蒙の終わりの後に、何が始まろうとするのか?」やそのほかの論考のなかで、啓蒙主義以来、衰退してゆく一神教に代わって技術一元論 mono-technologism(または技術一神論 techno-theism)がいかに台頭したかを描こうとしてきた。この流れは、こんにちのトランスヒューマニズムによって頂点に達している[★4]。私たち現代人は、いわばヨーロッパのハムレットの文化の継承者である(ヴァレリーの「精神の危機」のなかでは、ハムレットがライプニッツ、カント、ヘーゲルおよびマルクスの頭蓋骨を数えあげながらヨーロッパの知的遺産を回顧している)。というのも、ヴァレリーの論考から100年を経たいまもなお、私たちはいつか不死身になれると信じてきたし、まだ信じ込もうとしているのだから。つまりひとは、やがて免疫のシステムを向上させてあらゆるウイルスに対抗できるようになると、また最悪の事態が起こったときにはたんに火星へ逃げればよくなると信じているのだ。コロナウイルスのパンデミックのただなかにあって、火星への旅にかんする研究は、ウイルスの拡大阻止や人命救助とは無関係だろう。トランスヒューマニストたちは、それぞれキャッチコピーを用いて不死身を喧伝してきたが、いまだにこの地球と呼ばれる惑星に住みついているわれわれ死すべき者には、彼らの言葉どおり不死身になるまで待てる見込みなどないだろう。ニーチェ以後のニヒリズムをめぐる薬理学 pharmacology はまだ書き表されていないが、しかしニヒリズムの毒はすでに地球の全身に蔓延し、免疫システムに危機を引きおこしているのである。

 

ジャック・デリダにとって(彼の寡婦であるマルグリット・デリダは、ちかごろコロナウイルスで亡くなった)、2001年9月11日の世界貿易センタービルへの攻撃は、ひとつの自己免疫的な危機の出現を明らかにした事件であった。この危機は、何十年にもわたって安定していた技術政治(テクノポリティクス)的な権力構造を解体したのである。一機のボーイング767が、その航空機を開発した国家への武器として用いられたさまは、さながら体内で突然変異した細胞やウイルスのようであった[★5]。ただ、政治的な文脈では「自己免疫」という用語はたんなる生物学的な隠喩でしかない。グローバル化とは、科学技術や経済の覇権が安定性を左右するような単一の世界システムをつくりだすことである。それゆえ、9・11はひとつの断絶だと見なされることになった。それは啓蒙主義以来、キリスト教にもとづく西洋社会が志向してきたこの政治体制を終結させ、戦争につぐ戦争という永続的例外状態としてあらわれる免疫反応を引きおこしたのである。しかし、いまやコロナウイルスによってこの隠喩は崩されてしまった。生物学的なものと政治的なものはひとつになった。ウイルスを抑え込む試みには、消毒液や薬剤だけでなく、軍事動員や、国や境界および国際線航空便や鉄道のロックダウンも含まれているのである。

 

『シュピーゲル』誌の1月下旬に刊行された号には「コロナウイルス、メイド・イン・チャイナ——グローバル化が死にいたる危険となるとき Corona-virus, Made in China: Wenn die Globalisierung zur tödlichen Gefahr wird」というタイトルがつけられていた。表紙には過剰な防護服に身を包んだ中国人が、まるで神に祈るかのようにほとんど目を閉じて iPhone を見つめている写真が用いられた[★6]。コロナウイルスの感染爆発はテロリストによる攻撃ではない(目下、中国で最初に発見されたという以外には、ウイルスの発生源を示す明確な証拠はない)。それはむしろ器官学的 organological な事件[☆4]であって、つまりウイルスは高度に発達した輸送網に付着して、時速900キロもの速さで拡散しているのである。私たちはまた、この出来事によって、国民国家の言説や、諸国家が定義づける地政学へと回帰するだろう。回帰という言葉で私が言いたいのは、なによりまずグローバル資本主義や、文化交流や国際貿易に促進される移動の増加のせいで一見あいまいになっていた国境が、コロナウイルスによって意味を回復するということだ。地球規模の感染爆発が明らかにしたのは、こんにちまでのグローバル化が、結局のところ〔西洋近代が生みだした〕技術一元論的な文化を助長するものにすぎず、そのような文化はせいぜい自己免疫的な反応や大きな衰退をもたらすものでしかなかったということなのだ。もうひとつは、今回の感染爆発と国民国家への回帰によって、国民国家という概念そのものがもつ歴史的かつ現実的な限界が明らかになったということだ。近代的な国民国家は、内的な情報戦によってこの限界をおおい隠し、国境を越えて展開する情報圏 infospheres を構築してきたのである。しかしこの情報圏は、グローバル免疫学を生みだすことなく、むしろ生物戦を遂行するために地球上のあらゆる空間で生じる端的な偶然性を利用しているのだ。私たちはまだ、このグローバル化の段階に対抗するためのグローバル免疫学というものをもっていない。おそらく、それはこの技術一元論的な文化が存続している限りけっして実現しないだろう。

 

 2 ひとりのヨーロッパ人シュミットは、数百万の亡霊を見る

 

2016年、ヨーロッパで難民危機がおこっていたとき、哲学者のペーター・スローターダイクは、『キケロ』誌のインタビューのなかでドイツ首相のアンゲラ・メルケルを批判してこう言っている。「私たちは、いまだに国境を賛美することを学んではいません……遅かれ早かれ、ヨーロッパ人は効果的な共通の国境政策をつくりだすことでしょう。長い目で見れば、領土にかんする要請が優先されるのです。結局のところ、自滅しなければならないという道徳的な責務などないわけですから」[★7]。ドイツやEUは難民に対して国境を閉ざすべきだったというスローターダイクの主張はまちがっていたかもしれないが、いま思えば国境の問題がまだちゃんと考え抜かれていないという点については正しかったといえるだろう。ロベルト・エスポジトは、国境の機能にかんしては、二元的(二極的)な論理がずっと存在しているとはっきり述べている。つまり、外敵からの免疫学的な防御手段として——これは自己と他者の対立という、免疫学についての古典的で直感に訴える考え方だ——より厳格な国境の規制をつよく主張するひとがいる一方で、ひととモノの自由な移動と協同の可能性を認めるために国境を撤廃するべきだと主張するひともいるということである。エスポジトは、この両極端な立場はいずれも倫理的かつ現実的に望ましいものではない[☆5]と主張しており、その点はいまやある程度明白になっている[★8]。

 

中国でのコロナウイルスの感染爆発は11月の中旬にはじまり、1月下旬になって当局による警告が発令され、ついで同23日に武漢がロックダウンされたわけだが、その結果中国人や、ひいてはアジア系の外見をしたひとすべてがウイルスの保菌者だと見なされ、即座に各国で国境の規制がおこなわれた。イタリアは、もっとも早い段階で中国に対し渡航禁止を言い渡した国のひとつである。早くも1月下旬には、ローマのサンタ・チェチーリア音楽院が「東洋系」の学生の出席を禁止した。そこには生涯で一度も中国へ行ったことがないひとすらも含まれている。こうしたふるまいは免疫学的といえるのかもしれない。だがそのもとになっているのは恐れであり、より根本的には無知なのだ。

 

香港は、湖北省以外で大規模な感染爆発がおこった地域のひとつである広東省の深圳に隣接した都市である。そこでは中国との境界を封鎖するよう政府につよく求める声が上がったのだが、香港政府は、中国に対して渡航と貿易の制限を押しつけないよう呼びかけるWHOの忠告を根拠に、これをしりぞけている。中国にあるふたつの特別行政区のひとつとして、香港特別行政区は中国に反発したり、ちかごろ勢いにかげりが見えつつある中国の経済成長の足を引っ張ったりしてはいけないというわけだ。しかし、香港のレストランのなかには、入口に貼り紙をして、普通話〔中国の標準語〕を話す客はお断りだと表明する店もある。つまり普通話がウイルスを運ぶ大陸の中国人と結びつけられてしまい、その話し方が危険のサインだと見なされているのである。平常時にはお金を払えるすべてのひとに開かれているはずのレストランが、いまや特定のひとにしか開かれていないのだ。

 

すべてのレイシズムの形式は根本的に免疫学的だ。そしてレイシズムは社会的な抗原である。なぜなら、それは自己と他者を明確に区別し、他者がもたらす一切の不安定さに反応するからだ。しかし、すべての免疫学的なふるまいがレイシズムとされうるわけではない。この両者の微妙な違いにきちんと向きあわなければ、まるで闇夜のなかではどんな牛も黒灰色に見えると言わんばかりにすべてを崩して一緒くたにしてしまうことになるだろう。じっさい、地球規模のパンデミックという状況下で、大陸間をむすぶ航空便や鉄道がウイルスによる汚染を促進しているとき、免疫学的な反応はとくに避けられないものになる。武漢閉鎖のまえには、500万人もの居住者が脱出し、故意でなかったにせよウイルスを都市の外へ運び出す結果になった。だがじつのところ、武漢から来たというレッテルが貼られるかどうかは重要ではない。というのも、ウイルスが数日のあいだは無症状のまま人体に潜伏しており、その間周囲を汚染させ続けることを考えると、だれもが感染を疑われるからだ。外国人嫌悪やマイクロファシズムが街やレストランなどに広がってしまうと、なかなか容易には避けられない免疫学的な瞬間がうまれる。つい咳をしようものなら、あなたはまわりのすべてのひとの視線を集めることになるだろう。人々は、かつてペーター・スローターダイクが提示したような、保護であり社会組織でもあるものとしての免疫圏 immunosphere をいつにも増して求めている。

 

免疫学的なふるまいは、単純に人種差別的なふるまいに還元できないものではあるが、おそらく個人的、社会的、そして国家的な境界への回帰を正当化してしまう。自己と他者のパラダイムや有機体論的なパラダイムをめぐる数十年もの議論のすえに、生物や政治の免疫学における近代国家のモデルは、境界の規制というもっとも単純で直感に訴える保護のかたちに戻ってしまったのである。しかも敵が目に見えていないにもかかわらず[★9]。じつのところ、私たちが戦っているのは敵の化身でしかないのだ。私たちはみな、カール・シュミットのいう「政治的なもの」に縛られている。それは友と敵の区別によって定義されるもので、簡単に否定できないばかりか、おそらくパンデミックの際にはより強化されてしまうのである。目に見えない敵は、具体化され、明確化されなければならない。それは、当初は中国人やアジア人であり、のちにヨーロッパ人や北アメリカ人になった。あるいは中国国内でいえば、それは武漢在住者のことだ。外国人嫌悪はナショナリズムを助長する。外国人嫌悪は避けがたい免疫学的なふるまいだと考えてしまう自分がいたり、あるいは外国人嫌悪を利用し、いわば免疫学として自分たちのナショナリズムを強化させる他者がいたりすることによって。

 

国際連盟は第一次世界大戦後の1919年に設立され、のちに国際連合に引き継がれた。それはいわば、すべての国家をひとつの組織に結集させることで戦争を回避しようとするひとつの方策だった。この試みに対するカール・シュミットの批判は正当だと言えるだろう。彼は、国際連盟——昨年で設立100周年を迎えた——は誤って人類 humanity を世界政治の基盤と見なしたが、しかし人類は政治的な概念ではないと主張したのである。人類とはむしろ脱政治化の概念だ。なぜなら、じっさいには存在しない抽象的な人類を定めることによって「平和・正義・進歩・文明などが自分たちのものだと主張しつつ、敵のものであることは否定するために、これらの概念を濫用しうる」からである[★10]。よく知られているように、さまざまな国の代表によって構成された集団である国際連盟は、20世紀最大の破局つまり第二次世界大戦を防ぐことができなかった。のちに国際連合に替わったのはそのためである。ではこのシュミットの議論は、世界保健機関〔WHO〕に、つまり国境を越えて地球規模の健康問題にかんする警告や提言、管理をおこなうことを旨とするこのグローバルな組織にも適用できるのではないだろうか。WHOがコロナウイルスの感染拡大防止に対してほとんどなんのポジティヴな役割もはたしていないことを考えると——ネガティヴな役割があったというのは言いすぎかもしれないが、WHOの事務局長は事態がだれの目にも明らかになるまでパンデミックと呼ぼうとすらしなかったのである——いったいWHOになんの必要性があるというのか。もちろん、この組織の内外でじっさいに携わっている専門家たちの仕事はおおいに尊敬すべきだが、しかし今回のコロナウイルスの一件によって、大きな組織がもつ政治的な機能のなかに秘められたある種の危機が露呈されてしまったのである。さらにまずいことに、湯水のように資金がつぎ込まれているこの種の巨大なグローバル統治機構に対して私たちができるのは、せいぜいソーシャルメディアでその怠慢を批判する程度にすぎないということだ。それはまるで強風のなかで叫び声をあげるようなもので、なにかを変える力をもつひとなどだれひとりいないのである。なぜなら、民主的なプロセスは国家が有するものだからだ。

 

3 技術一元論の悪しき無限性

 

シュミットにしたがっていえば、WHOは本来的に脱政治化の道具である。どの報道機関であっても、この組織よりはコロナウイルスについて警告するという機能をうまくはたせたはずなのだから。じっさい、感染状況に対するWHOの初期の判断にしたがっていた多くの国々では、対策が大幅に遅れることになった。シュミットが述べているように、各国の代表によって構成され、人類の名のもとに築かれる統治機構は「それが国家を撤廃しないことと同様に、戦争の可能性を消去することはない。それは戦争のあらたな可能性を導入し、戦争の遂行を許し、連合しての戦争を承認し、そしてある特定の戦争を合法化し承認することで、戦争に対する数多くの歯止めを一掃してしまうのである」[★11]。第二次世界大戦以来、世界的な権力や多国籍の資本がグローバル統治機構を操ってきたわけだが、それはたんにこのシュミットの論理の延長でしかないのではないか。当初は制御可能だった今回のウイルスが、世界を地球規模の戦争状態へ落とし入れたのだろうか。いや、むしろこうした組織がかえって世界全体の病を進行させたのだ。そこでは技術一元論的な経済競争や軍備拡張がただひとつの目標となり、人間たちは大地に根差した地域性から引きはがされ、近代的な国民国家と情報戦によって形成されたいつわりのアイデンティティにつながれるのである。

 

例外状態あるいは緊急事態という概念は、もともと統治者が国家や自治体に免疫をあたえる口実となっていたが、9・11を機に政治上の常態となっていった。緊急事態の常態化は、統治者の絶対的な権力をあらわしているだけでない。近代国家が、利用できる技術的・経済的な手段のすべてを使って国境を拡大し、確立させることで、必死にグローバルな状況に対応しようとしつつも失敗に終わるさまをあらわしてもいるのである。国境の規制が有効な免疫学的ふるまいとなるのは、国境によって定義される主権者という角度から地政学をとらえる場合だけだ。冷戦以後、激化する競争は結果として技術一元論的な文化を生みだした。それはもはや経済発展や技術の進歩のなかでバランスをとることなどなく、むしろそのどちらも丸呑みにしながら、黙示録(アポカリプス)的な終末の一点に向かって突き進んでゆくのである。

 

単一の技術にもとづく競争は、競争と利益のために地球上の資源を破壊し、またどの参加者に対してもべつの道や方向性——つまり私が詳しく論じてきた「技術多様性 techno-diversity」を選ぶことを許さない。技術多様性というのは、たんにそれぞれの国が、異なるブランド戦略やわずかに違った特徴をもとにおなじタイプの、つまり単一の技術をつくりだすということではない。それはむしろ、価値観や認識論、そして存在の形式においてそれぞれ異なっている宇宙技芸[☆6]の多元性こそをあらわしているのだ。政治よりも経済的・技術的手段を優先させようとするこんにちの競争の形式は、しばしば新自由主義が原因だと考えられている。また、それと関係の深いトランスヒューマニズムでは、政治はたんにテクノロジーの加速によってやがて超克されるひとつの人間的な認識論にすぎないと考えられている。こうして私たちは近代性の袋小路にたどり着く。相手にさきを越される怖さがあるため、この競争から撤退するのは簡単なことではない。これはニーチェが描いた近代人の比喩によく似ている。つまり、ある集団が自分たちの村落を永久に捨てさり、無限を求めて航海にでるのだが、海のまんなかへたどり着いたときにはじめて無限が目的地でもなんでもないことに気づくというものである[★12]。そしてもはやどこにも帰る道がないというときに、無限ほど恐ろしいものはない。

 

あらゆる破局とおなじように、コロナウイルスによって私たちは、自分たちがどこへゆこうとしているのかと否応なく問いかけることになった。行き先が空虚であることはだれもが分かっている。しかし私たちは、悲劇性を帯びた「生きようとする」衝動に駆り立てられているのだ。激しい競争のなかで、国家の関心事はもはや国民ではなく経済成長となっている。人口に関心を寄せるのは、ひとえに人間たちが経済成長に貢献するからである。これは中国を見れば自明のことだ。そこでは、はじめはコロナウイルスにかんする報道を押さえ込もうとし、その後習近平(シー・ジンピン)がウイルスへの対策は経済へ悪影響をおよぼすと警告するやいなや、あらたな感染者の数が急激にゼロまで下降したのである。他の諸国がこれに様子見を決め込んだのも、おなじく容赦ない経済の「論理」によるものにほかならなかった。というのも、(WHOが反対した)渡航の制限をはじめ、空港でのスクリーニング検査やオリンピックの延期といったもろもろの感染症対策は、観光業への打撃となるからである。

 

メディアにくわえ、多くの哲学者たちは、アジアの「権威主義的な手法」と西洋諸国のいわゆるリベラル/リバタリアン的で民主主義的な手法にかんするいささか無邪気な主張をしている。つまり中国(あるいはアジア)の権威主義的な方法——しばしば儒家的だとかんちがいされるのだが、儒学は哲学として権威主義的でも強制的でもない——は、すでに普及している消費者管理のテクノロジー(顔認証やモバイルデータの分析など)を駆使して住民を管理することで、ウイルスの拡散を特定するのに一貫して効果があったということである。ヨーロッパで感染爆発が起こりはじめたころは、まだ個人情報を利用すべきかどうかをめぐって議論があった。だがもし、ほんとうに「アジアの権威主義的統治」か「西洋のリベラル/リバタリアン的な統治」のどちらかを選ばないといけないなら、アジアの権威主義的統治のほうが、さらなる破局と向きあうにあたってより受け入れやすいものではある。というのも、このようなパンデミックを管理するためのリバタリアン的な方法は本質的に優生学的であり、自己淘汰の原理によってより年老いた住民がすみやかに排除されることを認めてしまうからである。いずれにせよ、このような文化本質主義的な対比は誤解を招くものだ。なぜなら、これは共同体の団結や自発的な動き、それから人々が年長者や家族に対してもつさまざまな道徳的責務を無視したものだからである。とはいえ、この種の無知は、虚栄心をもって自分自身の優越性を表明するためには必要なものではあるが。

 

しかし、私たちの文明はどこへ向かってゆけるのだろうか。この問いの規模はほとんど私たちの想像力を圧倒しており、私たちはなすすべもなくただ「普通の生活」をとり戻したいと望むしかない。たとえ「普通の生活」という言葉がどんな意味であったとしても。20世紀の知識人たちは、シュミット的な政治的なものの概念を越えるような地政学の選択肢や構成を探し求めていた。たとえばデリダは、『友愛のポリティックス』のなかで友愛の概念を脱構築することによってシュミットに応答した。脱構築は友愛と共同体との存在論的差異を明らかにし、それによって20世紀の政治理論の根幹をなす友と敵の二項対立を乗り越えるもうひとつの政治、つまり歓待を示すのである。「無条件」で「計算不可能」な歓待は、おそらく友愛とも呼べるだろうが、地政学においては主権の土台を崩すものだと考えられる。まさに日本の脱構築の哲学者である柄谷行人が主張したように、カントが夢みた永遠平和は、主権が贈与としてあたえられている場合にのみ可能になるのである。この贈与とはモース的な贈与の経済におけるもので、それはグローバル資本主義の帝国のあとに到来しうるという[★13]。しかしそのような可能性は、主権の撤廃を、つまり国民国家の撤廃を条件にしているのである。柄谷によれば、そのためには私たちが第三次世界大戦を経験し、その後国連より強大な権力をもった国際的な統治機構が誕生しなければならない。だが、じつのところアンゲラ・メルケルの難民政策や、鄧小平(ドン・シャオピン)があざやかに構想した「一国二制度」は、戦争を回避しつつこの結末へと向かうものだ。とくに後者には、連邦制よりも洗練された興味深いひとつのモデルになる可能性がある。しかし、現状前者は激しい批判の的になっており、後者は了見のせまい国粋主義者たちや教条的なシュミット主義者たちによって破壊されつつある。結局どの国もさきに進みたがらないのであれば、第三次世界大戦がいちばん手っとり早い選択肢になるのだろう。

 

その日が到来するまえに、そして(私たちがうすうす感づいている)人類を絶滅の危機に追いやるような重大な破局を迎えるまえに、やはり私たちは問うべきだろう。「有機体論的」なグローバル免疫システムというものが、たんにコロナウイルスと共存しようと呼びかける以上のものであるならば、それはどのようなものなのかと[★14]。もしグローバル化の継続を、それもより矛盾の少ない方法での継続を考えるなら、どのような共免疫 co-immunity あるいは共免疫主義 co-immunism (これはスローターダイクが提唱するあらたな用語だ)が可能だろうか。スローターダイクの共免疫の戦略は興味深いが、政治的には両義的だ——おそらくこの概念が彼のおもな仕事のなかでもあまり詳細に論じられていないからでもあるのだろう——それはいわば極右政党「ドイツのための選択肢 (AfD)」の国境に対する政治的見解と、ロベルト・エスポジトのいう汚染された免疫 contaminated immunity のあいだで揺れ動いている。しかし問題は、私たちが依然として国民国家の論理にしたがっている限り、けっして共免疫にはたどり着けないということだ。その理由はたんに国家が細胞でも有機体でもないから——この隠喩が理論家にとってどれほど魅力的かつ実用的だったとしても——であると同時に、より根本的には、たとえ国際的な組織や評議会という形式をとっていたとしても、この概念自体が友と敵にもとづく免疫性しか生みださないからである。近代国家はすべての臣民によって構成されるリヴァイアサンのようなものだが、すくなくとも人道的な危機が到来するまでは、経済成長と軍備拡張を越える関心事をもつことはない。さしせまる経済危機への悩みをかかえながら、近代国家は巧みに操作されたフェイクニュースの(対象ではなく)源泉になるのである。

 

4 抽象的な連帯と具体的な連帯

 

ここで境界の問題へ戻り、私たちがいま戦っているこの戦争の本質について検討してみよう。国連のアントニオ・グテーレス事務総長は、今回の戦いは第二次世界大戦以来、国連が経験した最大の難局だと見なしている。ウイルスとの戦争とは、なによりまず情報戦である。敵が目に見えない以上、個人の移動や共同体についての情報を通じて見つけだすほかない。戦いの有効性は、情報を集めて分析する能力にくわえ、最大限の効率を達成するために利用可能な資源を動員する手腕にかかっている。ネット上できびしい検閲をおこなっている国家は、ソーシャルメディアに出回っている「センシティブ」なキーワードを抑え込むようにウイルスも抑え込むことができる。政治的な文脈では、「情報」という語の使用はしばしばプロパガンダと同一化されてきた。ただ、それを単純にマスメディアとジャーナリズムの問題とか、ましてや言論の自由の問題などと考えるのは避けるべきだろう。情報戦は21世紀の戦争である。それは特殊なタイプの戦争なのではなく、むしろ永続的な戦争なのだ。

 

ミシェル・フーコーは、「社会は防衛しなければならない」にまとめられた講義のなかで、「戦争はべつの手段でなされる政治の継続である」というカール・フォン・クラウゼヴィッツの警句をひっくり返して「政治はべつの手段でなされる戦争の継続である」と言った[★15]。このようにひっくり返すことで、戦争がもはやクラウゼヴィッツが念頭においた形式をとっていないことを示しはしたが、しかしフーコーは情報戦についての言説を展開したわけではなかった。ところで中国では、20年以上もまえにふたりの元空軍大佐が『超限戦』(制限なき戦争、あるいは限界を超えた戦争)というタイトルの本を出版している。これはすぐにフランス語に翻訳され、『ティックン』誌にかかわる集団や、のちには不可視委員会 the Invisible Committee へ影響をあたえたと言われている。このふたりの元空軍大佐は、クラウゼヴィッツはよく理解していたものの、フーコーは読んでいなかった。しかし彼らがたどり着いた結論は、伝統的な戦争は徐々にすがたを消しつつあり、おもに情報技術によって導入され、実現される内的な戦争へとかわるというものだったのである。この本自体はアメリカのグローバルな戦争戦略を分析したものとして読めるのだが、より重要なことに、情報戦がいかに政治や地政学を再定義するかについての鋭い分析としても読むことができる。

 

コロナウイルスとの戦争は、同時に誤報や虚偽の情報との戦いでもある。これはポスト・トゥルースの政治の特徴だ。ウイルスの発生は現在の危機を引きおこした偶然の出来事かもしれないが、戦争そのものはもはや偶然ではない。情報戦はまた、(ある程度薬理学的な)ふたつの可能性を切り開いている。ひとつめは、戦争がもはや国家を基準の単位とせず、むしろ見えない兵器とあいまいな境界によって、たえず国家を脱領土化してしまうというものである。ふたつめは内戦であり、それは情報圏の競合というかたちをとる。コロナウイルスとの戦争は、ウイルスの保菌者との戦いであり、またフェイクニュースやうわさ、検閲、虚偽の統計、誤報などを駆使して指揮がとられる戦争である。アメリカがシリコンバレーのテクノロジーを用いて情報圏を拡大し、地球上のほとんどの住民のもとへ侵出しているのと同時に、中国もまた世界でも有数の大規模かつ高度な情報圏を構築しており、そこには人間と機械の両方で構成された隙のない機能と設定をもつファイアウォールがそなえられている。それによって中国は、14億もの人口をもちながらウイルスを抑え込むことができているのである。この情報圏は、「一帯一路」という構想にともなうインフラと、すでにアフリカに構築していたネットワークを頼りに拡大を続けている。そのためアメリカは、安全保障や知的財産保護の名のもとに、ファーウェイが情報圏を拡大するのを阻んでいる。もちろん、情報戦は統治者たちだけが遂行するわけではない。中国では、さまざまな陣営が中央メディア、新聞などのオールドメディアやそのほかの独立系メディア各社を介してせめぎあっている。たとえば、オールドメディアと独立系メディアは、感染爆発にかんして国家が提示した数値に対してファクトチェックをおこない、政府にまちがいを是正させたり、武漢の病院へより多くの医療機器を分配させたりしたのである。

 

国民国家は物理的な境界を守る必要があるが、同時にその境界を越えて技術的かつ経済的に拡大し、〔情報圏という〕あらたな境界を設立している。コロナウイルスが明らかにしたのは、このような情報戦の内在性だ。情報圏は人間によって構築され、さらにここ数十年のあいだに著しく拡大されたにもかかわらず、依然として生成の過程にあり、未確定のままである。共免疫にかんする想像力が、たとえば実現可能な共産主義やあるいは国家間の相互扶助といった抽象的な連帯でしかありえない限り、それは「人類」の場合とおなじように、シニシズムに対して脆弱だ。抽象的な連帯を発展させた哲学の言説ならば、ここ数十年のあいだにいくつか存在した。だがそうした議論は時として派閥化したコミュニティに変化してしまう。すなわち、その言説に賛同するか反対するかによって〔コミュニティにとっての友と敵を分ける〕線引きがなされるような免疫性をもってしまうのである。そもそも抽象的な連帯が魅力的なのは、まさにそれが抽象的だからだ。つまり具体的でいることとは違って、抽象的なものには土台も地域性もない。だからどこにでも移送できるし、どこにでも落ち着くことができる。しかし抽象的な連帯とはグローバル化の産物であり、とうに終わりを迎えたはずのものに向けられた大きな物語(あるいは形而上学)なのだ。

 

真の共免疫とは抽象的な連帯のことではなく、むしろ具体的な連帯から出発するものである。この具体的な連帯の共免疫が、つぎのグローバル化の波(というものがあったとして)の基盤にならなくてはいけない。今回のパンデミックがおこってからというもの、真の連帯による行為が数えきれないほど生みだされている。たとえばあなたがスーパーへ行けないときにだれが代わりに買い物をしてくれるのか、またあなたが病院へ行かないといけなくなったときにだれがマスクをくれるのか、またあるいはだれが命を救うために人工呼吸器を提供してくれるのかなどなど、これらすべてはじつに重大な問題になる。また、医療コミュニティのあいだにも連帯ができており、ワクチンの開発に向けて情報共有がおこなわれている。ジルベール・シモンドンは、技術的対象を介して抽象的なものと具体的なものを区別した。抽象的な技術的対象はもち運んだり分離させたりできる。つまり、18世紀の百科全書派たちが歓迎した、進化の可能性について楽観的な考えを(いまに至るまで)もたせているような技術のことである。他方具体的な技術的対象とは、人間と自然の両方の世界に(おそらく文字どおり)基盤をもち、両者の媒介となるはたらきをもつものである。サイバネティクスにもとづく機械は機械式時計よりも具体的であり、機械式時計は単純な道具よりも具体的である。ならば私たちは、国民国家と抽象的な連帯にもとづく免疫学の袋小路を回避できるような具体的な連帯を考えることができるだろうか。また、そのような新しい免疫学を指し示す機会としての情報圏を考えることができないだろうか。

 

おそらく私たちは、情報圏という概念をふた通りの方法で拡張する必要があるだろう。まず情報圏の構築とは、技術多様性を構成することで、技術一元的な文化の土台を内側から崩し、その「悪しき無限性」から抜け出すための試みであると考えることができるだろう。この技術の多様化は、生き方の多様化や共生のかたちの多様化、そして経済の多様化などをも示している。というのも、技術が宇宙技芸である限り、そこには人間ではないものやより大きな宇宙との異なる関係性が組み込まれているからである[★16]。この技術多様化は、技術に倫理的な枠組みをはめ込もうというものではない。というのも、そのような枠組みはきまってあまりに遅れてやってくるものであり、またたいていなにかに背いているからである。技術や私たち自身の態度を変えなければ、私たちは生物多様性を、持続可能性が保証されない例外的な事象としてしか維持できなくなるだろう。言い換えれば、技術多様性がなければ生物多様性は維持できないのだ。コロナウイルスは自然からの復讐ではない。それはむしろ技術一元論的な文化の帰結であり、そこでは技術そのものが基盤をうしなうと同時に、ほかのすべてのものの基盤になろうとするのである。いま私たちが生きている技術一元論は、共存の必要性を無視し、たえず地球をたんなる在庫 standing reserve と見なしてしまう。そこで持続する過酷な競争は、さらなる破局を生みだし続けるだけだ。そのような発想でいえば、私たちは「宇宙船地球号」を枯渇させ、破壊したあとには、そのまま「宇宙船火星号」へ乗り込み、またおなじように枯渇させ、破壊するほかないということになるだろう。

 

情報圏という概念を拡張するふたつめの方法を言おう。それは、情報圏とは国境を越えて拡大する具体的な連帯であると、つまり国民国家(および事実上グローバル権力の傀儡となっている国際的な組織)という観点にもとづかない免疫学だと考えることだ。具体的な連帯を生みだすには、技術多様性を実現し、それによってべつの種類のあらたなテクノロジーを開発する必要がある。それはたとえばあらたなソーシャル・ネットワークや共同作業のためのツール、それからグローバルな共同作業の基盤を形成しうるような、デジタル技術にもとづく組織のインフラである。デジタルメディアは、すでにかなりの社会的な歴史をもっているが、しかしシリコンバレー(および中国の WeChat)を除いて、グローバルな規模に到達しているものはほとんどない。その理由は、おおよそ私たちが受け継いできた哲学の伝統にある。それは自然と技術や、文化と技術のあいだに対立を設けるものであって、そのせいで私たちは技術の多元性というものが実現可能だと考えられずにいる。技術狂愛(テクノフィリア)と技術恐怖症(テクノフォビア)は、どちらも技術一元論的な文化で発症する症状だ。私たちは、ここ数十年にわたるハッカー文化やフリーソフト、オープンソースのコミュニティの発展をよく見てきたわけだが、それらの目的は覇権を握るテクノロジーに対していかに代替案を生みだすかというものであって、べつの種類のあらたな接続や共同作業の方式を構築することはなく、またあらたな認識論を打ち立てるというより重要な方向にも向かわなかったのである。

 

今回のコロナウイルスの件によって、データ経済によるデジタル化や包摂のプロセスは加速し続けるだろう。なぜなら、これまでのところそれが感染拡大に対抗するためのもっとも有効な手段だからだ。じっさい、私たちはいま、プライバシーを守ってきたはずの国々が、感染爆発の経路を追跡するために、一転して携帯端末のデータの利用に賛同するという光景を目にしている。しかしここで一歩立ちどまり、デジタル化を加速するこのプロセスをひとつの機会に、つまり現在の地球規模の危機をはっきり示すカイロス kairos〔機会〕にできないかと問いかけてみてはどうだろうか。感染症に対して、いま地球規模での応答が求められている。それはいわば私たち全員がおなじひとつの船に乗せられてしまったということである。そして「普通の生活」をとり戻すという目標では、応答としては不十分だ。コロナウイルスの感染爆発の結果、この20年来はじめて、あらゆる大学の学部でオンライン授業が提供されようとしている。授業のデジタル化に反対する理由はいくつもあるだろうが、たいていの理由はさほど重大でもなく、また非合理的なものだ(デジタル文化を専門的に扱う研究機関では、人的資源の管理運営のためにはやはり物理的に現場にいることが重要だろうと考えられているが)。たしかに、オンライン授業が完璧に物理的な教場の代わりになることはないだろう。しかしオンライン授業は、まさに知へとアクセスする道を根本的に切り開くと同時に、多くの大学が財政難に直面しているいま、人々を教育問題に引き戻してくれるのである。コロナウイルスによって普通の生活が中断されたことで、私たちはもとの習慣を変えることができるだろうか。たとえば、この先数か月(あるいは数年)にわたって、世界のほとんどの大学がオンライン授業を使用することになるだろうが、その期間をデジタル技術にもとづく本格的な教育研究機関をかつてない規模で創設するチャンスにできないだろうか。グローバル免疫学を実現するには、そのように抜本的な再構成が必要になるのである。

 

この論考のはじめに引用したのは、1873年ごろに書かれた、ニーチェの「ギリシア人の悲劇時代における哲学」という未完のテクストである。そこでニーチェは、当時彼が哲学という学問分野から排除されたことについては言及していないが、代わりにギリシアの哲学者たちは文化の改革をしたのだと言っている。彼らは科学と神話、それから理性と情熱を調和させようとしたのだった。ただ私たちが生きているのは、悲劇の時代ではなくむしろ破局の時代である。この時代においては、悲劇性(トラジスト)の思考も道家(ダオイスト)思想も、それ単体では破局から抜け出すことができない。グローバルな文化の病について考慮するなら、私たちにはいますぐ改革が必要だ。そしてその改革は、かつて哲学が強制し、また無視してきたものの呪縛から私たちを解放しうるあらたな思考や枠組みによって推進されるのである。コロナウイルスによって、すでにデジタル技術の脅威にさらされていた多くの組織が打ち砕かれることだろう。また、(テロリズムや国家の安全を脅かすものにくわえて)ウイルスに対抗するために、監視やそのほか免疫学的な対策が強化されてしまうのもやむをえまい。いまはより強力かつ具体的でデジタルな連帯が必要なときである。デジタルな連帯といっても、べつに Facebook や Twitter 、あるいは WeChat をもっと駆使せよというわけではない。むしろこの技術一元論的な文化の過酷な競争から離脱し、べつの種類のあらたな技術にくわえ、それにふさわしい生活の形式やこの惑星と宇宙に生きる方法を用いて、技術多様性をつくりだすことである。ポスト形而上学の世界のなかで、私たちに必要なのはおそらく形而上学的なパンデミックでもなければ、ウイルス指向存在論などでもない。ほんとうに必要なのは、迫りくる黄昏のまえに、差異と多様性をもたらす具体的な連帯なのだ。

 


 

Yuk Hui, “One Hundred Years of Crisis,” e-flux Journal no. 108, April 2020. URL=https://www.e-flux.com/journal/108/326411/one-hundred-years-of-crisis/

なおこの翻訳は英文を底本としているが、蘇子瀅による中国語訳(http://philosophyandtechnology.network/3591/article-one-hundred-years-of-crisis-by-yuk-hui-cn/)も参照した。

 

 

 

★1:Paul Valéry, “Crisis of the Spirit(https://en.wikisource.org/wiki/Crisis\_of\_the\_Mind)” (もとの訳題は “Crisis of the Mind”), trans. Denise Folliot and Jackson Matthews, 1911. 〔邦訳はポール・ヴァレリー『精神の危機 他十五篇』、恒川邦夫訳、岩波文庫、2010年、7頁。訳文は変更している。〕「精神の危機 La Crise de l’Esprit」は、もともと英語で、1919年4月11日と5月2日に『アシニーアム』誌で発表された。なおフランス語のテクストは、おなじ年の8月に『新フランス評論』誌で発表されている。

 

★2:Valéry, “Crisis of the Spirit.” 〔邦訳は同28頁。訳文は変更している。〕

 

★3:「悲劇性 Tragist」とは、私が近刊の『芸術と宇宙技芸 Art and Cosmotechnics』(ミネソタ大学出版、2020年)で使用している新語である。

 

★4:Yuk Hui, “What Begins After the End of the Enlightenment?( https://www.e-flux.com/journal/96/245507/what-begins-after-the-end-of-the-enlightenment/),” e-flux journal no. 96, January 2019 〔邦訳は、ユク・ホイ「啓蒙の終わりの後に、何が始まろうとするのか?」、河南瑠莉訳、『現代思想 2019年6月号 特集=加速主義』、青土社、2019年所収。〕

 

★5:9・11の攻撃がもつ自己免疫的な特徴については、以下を参照。Giovanna Borradori, Philosophy in a Time of Terror: Dialogues with Jürgen Habermas and Jacques Derrida, University of Chicago Press, 2004.〔邦訳はジャック・デリダ、ユルゲン・ハーバーマス、ジョヴァンナ・ボッラドリ『テロルの時代と哲学の使命』、藤本一勇、沢里岳史訳、岩波書店、2004年。〕

 

★6:“Wenn die Globalisierung zur tödlichen Gefahr wird(https://www.spiegel.de/politik/ausland/coronavirus-wenn-die-globalisierung-zur-toedlichen-gefahr-wird-a-00000000-0002-0001-0000-000169240263),” Der Spiegel, January 31, 2020.

 

★7:Peter Sloterdijk, “Es gibt keine moralische Pflicht zur Selbstzerstörung,” Cicero Magazin für politische Kultur, January 28, 2016.

 

★8:以下を参照。Roberto Esposito, Immunitas: The Protection and Negation of Life, trans. Zakiya Hanafi, Polity Press, 2011.

 

★9:以下を参照。 Alfred I. Tauber, Immunity: The Evolution of an Idea, Oxford University Press, 2017.

 

★10:Carl Schmitt, The Concept of the Political, trans. George Schwab, University of Chicago Press, 2007, p.54.〔邦訳はカール・シュミット『政治的なものの概念』、田中浩、原田武雄訳、未来社、1970年、63頁。訳文は変更している。〕

 

★11:Schmitt, Concept of the Political, p.56.〔邦訳は同66-67頁。訳文は変更している。〕

 

★12 :以下を参照。 Friedrich Nietzsche, The Gay Science, trans. Josefine Nauckhoff (Cambridge University Press, 2001), p.119.〔邦訳はフリードリッヒ・ニーチェ『悦ばしき知識 ニーチェ全集8』、信太正三訳、ちくま学芸文庫、1993年、218頁。〕

 

★13:以下を参照。 Kōjin Karatani, The Structure of World History: From Modes of Production to Modes of Exchange, trans. Michael K. Bourdaghs, Duke University Press, 2014. 〔日本語版は柄谷行人『世界史の構造』、岩波現代文庫、2015年。〕

 

★14:生物学的な隠喩は広く受け入れられているわけだが、しかしそれが適切かどうかについても慎重に問う必要がある。私は『再帰性と偶然性』(ローマン&リトルフィールド・インターナショナル、2019年)のなかで、有機体論の歴史や、その認識論の歴史上での位置づけにくわえ、近代の技術との関係性を分析することでこの問題に異議をとなえ、(とりわけ環境政治に関連する)政治の隠喩としての妥当性を問いかけている。

 

★15:Michel Foucault, “Society Must be Defended”: Lectures at the Collège de France 1975–1976, trans. David Macey (Picador, 2003), p.15.〔邦訳はミシェル・フーコー『社会は防衛しなければならない コレージュ・ド・フランス 講義1975-1976』、《ミシェル・フーコー講義集成6》、石田英敬、小野正嗣訳、筑摩書房、2007年、18-19頁。訳文は変更している。〕

 

★16:私は『中国における技術への問い——宇宙技芸試論』(アーバノミック、2016年)のなかで、この「複数の宇宙技芸」としての技術の多様化について展開している。

 


 

訳注

 

☆1:エピグラフの訳出にあたっては、『悲劇の誕生 ニーチェ全集2』、塩谷竹男訳、ちくま学芸文庫、1993年、353頁を参照した。なお、今年夏に刊行予定の『ゲンロン11』に掲載されるユク・ホイの論考「ヨーロッパのあとに、悲劇をこえて」でもこの箇所が参照されており、そこで示されたホイの解釈をふまえて、訳出は英文から直接おこなった。

 

☆2:引用箇所はそれぞれ、ポール・ヴァレリー『精神の危機 他十五篇』、恒川邦夫訳、岩波文庫、2010年、7頁および、『ヴァレリー詩集』、鈴木信太郎訳、岩波文庫、1968年、242頁を参照。どちらも訳文は変更している。

 

☆3:フリードリッヒ・ニーチェ『悦ばしき知識 ニーチェ全集8』、信太正三訳、ちくま学芸文庫、1993年、362頁参照。なお個々の表現は、本文でのユク・ホイの表記にしたがって変更している。

 

☆4:ここでいう器官学的な事件とは、単純にいえば、今回の感染症が機械と生命や社会が有機的につなぎあわされた結果発生したことを意味している。『創造的進化』のなかで、アンリ・ベルクソンは生命が無機的な物質を有機組織化するはたらきのひとつの側面として、人間の技術やその発明を考えた。のちにジョルジュ・カンギレムがこの仕事を称賛して「一般器官学概論」と呼ぶのだが、ユク・ホイはこれを批判的に継承して、器官学の概念を21世紀の高度に発達した技術的システムに適用しようと試みている。そこでは、機械はもはやたんに生命によって組織化された無機的な対象ではなく、むしろ人間の生命や社会的秩序を有機的につなぎあわせる媒介者として存在しているのである。したがって、器官学的な事件としての感染症拡大とは、より具体的にいえば、世界的な規模で発達した製造や物流のシステムが織りなすネットワークが、人間の生命活動に入り込むと同時に、ウイルスを媒介し、拡散する手段にもなっているということだと考えられる(そもそもウイルスを生物と考えるかどうかはともかくとして)。器官学にかんするユク・ホイの議論については、『再帰性と偶然性 Recursivity and Contingency 』 (ローマン&リトルフィールド・インターナショナル、2019年) 、とりわけ第三章と第四章を参照のこと。また訳者が以前翻訳したインタビュー「21世紀のサイバネティクス——ユク・ホイ『再帰性と偶然性』をめぐって(http://philosophyandtechnology.network/2910/cybernetics-for-the-twenty-first-century-an-interview-with-philosopher-yuk-hui-jp/)」にも簡潔な説明がある。

 

☆5:記事を公開した2020年6月現在、この箇所の原文は”undesirable”と表記されているが、これは”desirable”の誤りである(直前に”neither”があるため二重否定になってしまう)。本訳では、著者に確認し、後者の意味で訳出している。

 

☆6:宇宙技芸とは、要するに宇宙論と密接に結びついた技術のことである。本文でも言及されているが、ユク・ホイにとって技術多様性は、たんなる生産地や環境の違いがもたらすものではない。むしろ、それぞれの地域の異なる世界観や自然観、宇宙論を基盤にもつ多様な宇宙技芸がさしだされてはじめて実現される。そこで、こんにちの世界を均質化させつつある単一の宇宙論や形而上学にもとづく技術(それはそれでひとつの宇宙技芸である)を複数化させるために、ユク・ホイはそれぞれの地域性に彩られた宇宙論や技術の哲学を語りなおし、再発明する必要性を呼びかけるのである。そして中国哲学を例にこの作業をおこなったのが『中国における技術への問い——宇宙技芸試論 The Question Concerning Technology in China: An Essay in Cosmotechnics』(アーバノミック、2016年)であり、その序論は仲山ひふみによって翻訳され、『ゲンロン7(https://genron.co.jp/shop/products/detail/144)』、『ゲンロン8(https://genron.co.jp/shop/products/detail/160)』、『ゲンロン9(https://genron.co.jp/shop/products/detail/188)』に掲載されている。そのほか、訳者の「哲学と世界を変えるには——石田英敬×ユク・ホイ×東浩紀 イベントレポート(https://genron-alpha.com/gb041_05/)」でも宇宙技芸という用語やその背景についてやや詳しく説明しているので、そちらも参照いただきたい。

インタビュー:21世紀のサイバネティクス——ユク・ホイ『再帰性と偶然性』をめぐって

インタビュー:21世紀のサイバネティクス——ユク・ホイ『再帰性と偶然性』をめぐって

 

訳:伊勢康平 @yisikp

 

出典:E-flux Journal #102(2019年9月)

URL = https://www.e-flux.com/journal/102/282271/cybernetics-for-the-twenty-first-century-an-interview-with-philosopher-yuk-hui/

 

新著『再帰性と偶然性 Recursivity and Contingency』(2019年)のなかで、香港の哲学者ユク・ホイは、再帰性とは単なる機械的反復ではないと主張している。彼は「規定からの不規則な逸脱」に関心をもち、いわば新生気論者 neovitalist とでも言うべき立場を築いている。これはロボットには生命がある(あるいはロボットはやがて生命をもつだろう)というような、昨今の大衆文化のなかで有力な見方を乗り越えるものだ。「器官学 organology」という語によってホイが示しているのは、技術的な領域の内部で、成長と変化を機能的に模倣したシステムのことである。彼は次のように述べている。「再帰性は、自分自身へと立ち返るループの運動を特徴としている。この運動は自身を確定させることを目的としているのだが、しかし同時に絶えず偶然性に開かれているのである。だがこの偶然性がかえって自身の特異性を決定づけるのだ。」

 

『デジタルオブジェクトの存在について』(2016年)と『中国における技術への問い——宇宙技芸試論』(2017年)に続く『再帰性と偶然性』は、ユク・ホイの三冊目の著作にして、もっとも野心的な仕事だ。この本は五つの章に分かれ、それぞれ異なる時代や思想家を論じている。はじめにサイバネティクスの先駆的存在としてカントの反省的判断力が言及され、その後ヘーゲルの反省の論理に移行し、これがサイバネティクスの出現に備えるものであったことが論じられる。ユク・ホイ(およびベルナール・スティグレール)の器官学によれば、科学と技術は、生命へと回帰する手段にして真の複数性——彼の以前の著作における鍵概念を用いていえば「多様な宇宙技芸」——への道であると考えられなければならないのだという。

 

われわれは、コンピュータの可能性への理解を、目先の利益を志向するシリコンバレー風の「創造的破壊をもたらす」テクノロジーといったものばかりに限定してはならないだろう。ユク・ホイの視線は、テクノロジーに対するこの手の狭い視野のさきを見据えているのである。彼の根本的な哲学的課題とは、昨今のデジタル技術の性質の根底にある哲学的な基盤を探究し、あらたな全体性の形式として(あるいは私がほかの場所で表現したように、「技術的潜在意識」として)あらわれているこのエピステーメーについて検討することにほかならない。現代とは、あくまで利益を最大化し、国家を管理するという名目のもとで、人工的な愚かさ artificial stupidity やアルゴリズムによる排除がネット上の自己を取り巻いている時代である。われわれは、この時代のなかでいかに個体化の問題を思考できるのだろうか? サイバネティクスのなかに、規定から解放された自己は存在するのだろうか?

——ヘールト・ロヴィンク

 

ヘールト・ロヴィンク:はじめに「再帰性」と「偶然性」という用語について説明していただけますか? このふたつの語は、サイバネティクスの中心概念であるフィードバックとどのような関係をもつのでしょうか? また現在の情報革命の原理にもとづかない、まだ見ぬサイバネティクスの技術とはどういうものなのか、その概略を語ることはできますか?

 

ユク・ホイ:再帰性とは、循環するものごとにまつわる一般的な用語です。これは単純な反復ではなく、むしろらせん状に近いものです。つまり、循環自体が閉鎖的なものであれ開放的なものであれ、そのプロセスはおおむね終結へと推移してゆくのですが、ひとつひとつの周回は異なっています。コンピュータ・サイエンスの学生だった私は、この再帰にとても魅力を感じていました。再帰はオートメーションの真髄だからですね。つまり、たった数行の再帰的なプログラムのコードによって、線的な処理方法ではもっと長いコードが必要となるような混み入った問題を解決できるのです。

 

再帰性の概念は、17世紀や18世紀に強い影響力をもっていた機械論的な世界観、とりわけデカルト的機械論からの認識論的な突破を象徴しています。この突破をめぐるもっとも有名な論考はカントの『判断力批判』(1790年)ですね。そこでカントは反省的判断力を提唱します。この概念は、反デカルト的かつ非線的で、自己正当的な(つまり、アプリオリな普遍的法によって決定づけられるのではなく、むしろ特有のものから普遍的法則を引き出す)作動の方式をもつものでした。反省的判断力は、カントの美と自然にかんする理解のなかで重要な役割をはたしており、それゆえこの著作では、二部構成をとって美学的判断力と目的論的判断力がそれぞれ重点的に論じられているのです。カントから出発し、より一般化された再帰性の概念を携えることで、私は20世紀における有機的なものの概念にかんするふたつの思想の筋道、つまり有機体論 organicism と器官学 organology の出現をめぐる分析を試みています。前者は生物学の哲学へ、後者は生の哲学へと開かれています。この本では、こんにちの技術的な現状のもとで有機体論と器官学の文脈を再設定することを目指しました。

 

偶然性は再帰性の中心的概念です。線的な因果関係によって構築される機械論的な作動の方式のなかでは、偶然の出来事は時にシステムの崩壊をもたらします。たとえば、機械は不具合を起こし、産業上の大事故の引き金となることがありますね。しかし再帰的な作動の方式には偶然性が不可欠なのです。というのも、再帰的なシステムは偶然性によって豊かになり、発展しうるからです。生命力をもつ有機体は、偶然性を取り込み、有益なものに転換できますが、現代の機械学習もまた、同じことができるのです。

 

ロヴィンク:フィードバックや「ブラック・ボックス」といったサイバネティクスの概念は、しばしばオートメーションに対する安易な理解をもたらしますが、これを乗り越えるにはどうすればよいでしょうか?

 

ユク・ホイ:デカルトや、のちのマルクス——彼は19世紀のマンチェスターを舞台に人間と機械の関係性について書いています——の時代では、自動化された機械は時計のように均質な単純反復作業をおこなっていました。マルクスが書いていたように、工場労働者に転じた職人は、精神的にも肉体的にもこの種の自動機械と協調できませんでした。というのも、機能的に完結し孤立した自動機械は、いわば周囲から分け隔てられた現実だと言えるからです。マルクスは、疎外の原因はこの協調の失敗にあると考えました。ですが、現代の自動機械はもはやおなじ認識論にもとづいていません。むしろ、機械的処理に偶然性が取り込めるようになったという点で再帰的なのです。

 

これまで資本主義はさまざまなかたちで論じられてきましたが、その語り方のせいで、再帰性が現代の機械において重要な役割を果たしているという事実があいまいにされていました。事実、マルクス主義者は「非物質的労働」や「自由な労働」などといった、きわめてあいまいな語彙を使って情報技術を論じがちです。ドゥルーズは有名な「追伸——管理社会について」のなかでこの点を述べようとしましたが、そのための語彙をもち合わせていなかったため、哲学者のジルベール・シモンドンの変調 modulation の概念を単に借りてくるしかありませんでした。

 

こうした再帰性の評価に関する失敗を乗り越えようと思ったら、やはり再帰性の重要性を理解し、うまく記述し分析する手段を見つけなくてはなりません。マルティン・ハイデガーは、20世紀半ばにおけるサイバネティクスの出現は、哲学の完成と終焉を示していると主張しました。ハイデガーに応答するにあたり、私は哲学史のなかでサイバネティクスの文脈を設定しなおしています。これにはサイバネティクスの可能性と限界をあきらかにするという目的もありました。そのためには、あらたな言語と概念が必要になってきます。この本が再帰性と偶然性という概念の展開に焦点を当てたのはこのためです。私はこれらの概念を有機体論と器官学の理論的な基盤を分析するために用いています。

 

有機体論はふたつの系譜に分けることができます。ひとつは自然の哲学——フリードリヒ・ヴィルヘルム・ヨーゼフ・フォン・シェリング、ジョセフ・ニーダム、ジョセフ・ヘンリー・ウッジャーやアルフレッド・ノース・ホワイトヘッドなどがよい例ですね——もうひとつは私が「機械的有機体論」と呼んでいるもので、サイバネティクスやシステム理論を含めるものです。これらの歴史的分析を通じて、私はサイバネティクスの分野を越えて再帰性を考えようとしました。このねらいは本の構成に反映されています。この本では、最初の二章でカントからサイバネティクスにいたる有機体論の歴史をたどっています。ここで経由しているのは、シェリング、ヘーゲル、ノーバート・ウィーナー、そしてクルト・ゲーデルです。そして第三章と第四章では器官学の歴史をおもに論じています。ここではカントから始まり、アンリ・ベルクソン、ジョルジュ・カンギレム、シモンドン、ベルナール・スティグレールへと移り、この伝統にかんする私自身の考察を添えています。最終章では、あまりに人間主義的な近代のテクノロジーがもつ全体性への志向性に抵抗するための政治哲学を展開しています。

 

ロヴィンク:デジタル化が支配するいまの世界において、機械論とはいったい何なのでしょうか? 19世紀の機械論的世界観は、本質的に生命なき生命体を説き明かそうとしていました。ですからこれは、こんにち影響力をもっている「有機的」なものの観点にとって代わられてしまったわけです。にもかかわらず、あえて機械論から距離をおかねばならないと主張するのはなぜでしょうか? まだ機械論がイデオロギーとして生きているというのですか?

 

ユク・ホイ:私たちが生きているのは、いわば新機械論の時代です。そこでは技術的対象が有機的になりつつある。18世紀の終わりにかけて、機械論が台頭しつつあるなか、カントは哲学にあらたな生命を吹き込もうとしました。そこで彼は、有機的なものというあらたな哲学的思考の条件を設定したのです。機械論的といっても、かならずしも機械に関係していればよいというわけではありません。むしろ蒸気機関などの熱力学的な機械や時計といった線的な因果関係にもとづいてつくられた機械に関連したものなのです。さきほど私は、カントが哲学的思考の条件として「有機的」なものを設定したと言いましたが、それはつまり彼以後の哲学が有機的なものでなければならないということでもあります。ですから、ヨハン・ゴットリープ・フィヒテやシェリング、ヘーゲルらカント以後の哲学者のなかには、自然哲学から政治哲学にいたるまで、あきらかに有機的な思考の形態が見られます。そしてもしカント以後の哲学が、機械論を自身の対になるものだと考えていたならば、まさにロヴィンクさんやほかの人々が気づいたように、いまやこの対となる相手自体が有機的存在へと変化してしまったと言えるでしょう。コンピュータ、スマートフォンや家庭用ロボットはもはや機械論的とは言えず、むしろ有機的になりつつあります。私はこの状況をあらたな哲学的思考の条件として提示しているのです。哲学は労を惜しまず[機械論のアンチテーゼとしての]有機性という自己満足から脱却し、あらたな思索の領域を切り開かねばなりません。

 

私がこの本のなかで詳細に論じようとしたのは、哲学とテクノロジーの歴史だけではありません。それに加えて、有機的な思考の形態、あるいはカント以後のあらたな哲学的思考の条件のあとにくるものとはなにかという問題があります。21世紀の機械と産業をめぐる実状は100年前とまったく異なっていますが、にもかかわらず有機体論はいまだにこんにちの産業主義を矯正する手立てになると考えられています。事実に反する分析は、現状の理解と判断に際してあやまった認識を導くばかりか、有害ですらあるでしょう。いまや社会信用システムから「スーパーインテリジェンス[人間の知力を超越する人工知能]」にいたるまで、さまざまな技術的な器官に実装されたプロセスのなかに有機的思考が入り込んでいます。こうした思考には、異なる性質をもつ諸物をひとくくりにする傾向がありますが、哲学はこの傾向を否定しなくてはなりません。おそらくジャン=フランソワ・リオタールは、はやくも40年まえに『ポスト・モダンの条件』の、とりわけニクラス・ルーマンのシステム理論を批判した箇所のなかで、この問題を考えていました。ですから、いまリオタールを慎重に読みなおす必要があるでしょう。本書の最終章でリオタールと「非人間主義」を専門的に論じたのもこのためです。私はこの議論を断片化 fragmentation の哲学として洗練させようと考えています。

 

ロヴィンク:この本のなかで、ベルクソンなどの生気論者にとって人工的なシステムは機械的で現実性を帯びたものではなかったと述べていますね。つまり「科学が機械的になると、生命そのものである創造性が理解できなくなる。生命とは破壊のなかの創造という再帰的なプロセスなのだ」と。

 

この箇所ではカンギレムが引用されています。彼はフーコーの指導者で、1966年の『生命の認識』では「科学によって生命へとふたたび接続する」べきだと主張していますね。

 

ユク・ホイ:ベルクソンは有機的なものと機械的なものを対立させた哲学者でした。これにはさきほど簡単に触れた歴史的背景が関与しています。つまり19世紀は機械論や物理学、産業主義の時代だったわけですね。1907年にベルクソンは『創造的進化』を刊行しましたが、カンギレムはこれを同年に創刊された『生物学年報 L’Année Biologique』と並び、フランスにおける生物学の哲学の誕生を示すものだと考えました。1947年の「機械と有機体」というエッセイのなかで、ベルクソンの『創造的進化』には「一般器官学」があるといったのもカンギレムにほかなりません。生命への回帰とは有機的な全体性への回帰のことであり、この全体性が機械的な部分を成り立たせます。ベルクソンはこの有機的な全体性を「生命の飛躍 élan vital」と呼びました。生命とは再帰的なプロセスです。つまり、創造と破壊のプロセスを通じた(ゲシュタルト心理学の用語を用いれば)図と地のたえざる交換なのです。

 

進化が創造的であるのもこのためです。というのも、進化は本質的に器官学的だからです。つまり、進化とは人間がたえずあたらしい器官(いくつかの図)を生み出すことを強いられるプロセスですが、しかしその際あらたな器官によって現実が見えなくなることはありません。つまりひとはそれらの器官が現実のすべてであるとは考えないのです。他方機械論は生命を説き明かそうとしますが、[機械論的な仕方で論じられるものが]生命の一部、つまりひとつの図であることに気づかないのです。とはいえ、ベルクソンが試みたのはより広範な現実、つまり生命そのものへと機械論をつなぎなおすことでした。なのでベルクソンは、科学はおろか機械論にさえ反発していません。彼はむしろ科学が機械的になり生命をないがしろにすることに反発していました。ですからベルクソンとカンギレムとのあいだには、ほとんど対立はないんですね。ふたりとも生命なき生命体を説き明かすというもくろみを拒否していましたから。彼らは「科学によって生命へとふたたび接続し」ようとしていたのです。

 

ロヴィンク:いまや社会やテクノロジーの文脈において生物学的なメタファーを無批判に使うのはやめるべきではないでしょうか? 私の政治世代では、こうした言葉の使用が広く問題にされました。システムの「進化」について語る理由はどこにありますか? ほとんどのテクノロジーが人間ないし男性のエンジニアによって意図的に製作されていることを知っていながら、なおその「創発」を語ったところで、なにが得られるというのでしょうか?

 

ユク・ホイ:いまや(人間対機械といった)特定の二元論的な論理は多かれ少なかれ乗り越えられているわけですが、しかし二元論の批判自体は、いまだにさまざまな社会的、政治的なプロジェクトに欠かせないものとして用いられています。近代の超克などがその例ですね。この手の二元論批判がはらむ無知は問題含みだと思いませんか? ですが、こうした問題のすべてについて批判的に検討するにはどうすればよいでしょうか? この問いの検討も本書のねらいです。ここでひとがサイボーグになるとはどういうことかを考えてみましょう。結局のところ、ダナ・ハラウェイは一貫して有機体論者でした。彼女の仕事は、 1990年代に機械的なものと有機的なものの二項対立を乗り越えるにあたっては重要だったでしょう。しかし、伝統的な有機的思考の形態は、当時すでに終わりをむかえていたのです。おそらくいま私たちは、さきほど説明し、本書のなかで詳しく論じたあらたな哲学的思考の条件から、こうした概念のすべてを再考する必要があるのではないでしょうか。

 

具体的な問いを立ててみましょう。義手や義眼をはめたひとのなかでは、有機的なものと機械的なものがもはや対立関係にないわけですが、このようなひとは果たして人間だと言えるのでしょうか? 角度を変えていえば、身体の全部位の取り替えと拡張が可能だという信念をもつトランスヒューマニズムの考えは、じつのところ線的な思考の方式にもとづいていて、極端な人間主義を表しているのではないかということです。表面的に見れば、トランスヒューマニズムは人間の概念を捨て去ろうとしていますが、この身振りは単なるカムフラージュに過ぎません。トランスヒューマニズムは、すべてを形而上学的なまなざしによって捉えているという点で、典型的なまでに人間主義的な世界へのアプローチなのです。

 

器官学の観点から考えることにはどのような意義があるのでしょうか?「一般器官学」という言葉はカンギレムの「機械と有機体」で作られたものですが、この問いをだれよりも深く論じたのは、ほかでもなくベルナール・スティグレールでした。彼は2003年ごろ、ポンピドゥ・センターのIRCAM[フランス国立音響音楽研究所]のディレクターであったときに器官学の概念を発展させました。IRCAMとは実験音楽を専門的に研究する機関です。器官学という言葉自体は、じつはベルクソンではなく音楽に由来しています。カンギレム、スティグレール、ベルクソンとそれぞれ動機が異なっていたにもかかわらず、三人とも人間は無機的なものの組織化によってのみ生命を維持できるという考えを述べています。無機的なものの組織化とは、要するに道具の発明と使用のことです。これを受けて、つぎのように問題提起すべきなのかもしれません。つまり、人工知能と機械学習の発展によって、私たちは生命へとふたたび接続できるのかと。

 

議論をさらにすすめましょう。これらの機械がもはや単なる「組織化された無機的」存在などではなく、むしろ製造をつかさどる巨大なシステムだとすればどうでしょうか? 技術的対象から技術的なシステムへの進化は、私の『デジタルオブジェクトの存在について』における焦点でした。『再帰性と偶然性』では、この問題がさらに深く論じられています。いまやシステムは、人間の生命と社会的秩序を有機的につなぎあわせる媒介者です。ですから私は、上記の諸問題に立ち戻り、人類学者や哲学者たちが発展させてきた器官学の概念を、現状分析に活用できるよう拡張しなければならないと考えています。

 

ロヴィンク:この新著の末尾にかけてあなたは、再帰的な思考によって有機体論や技術的多様性への問いを再度立ち上げることができなければ、それは「おのれの破壊へ向かって推移し続ける」決定論的システムに利用されて終わるだろうと述べています。

 

いまや還元主義的な学派が世界を席巻しているのは私たちも承知のうえですが、ならば非還元主義的な学派とはどのようなものなのでしょうか? このような学派に参与するためになにができると思いますか? また、非還元主義は思想的運動と言えるのでしょうか? こうした学派として、あなたはどんな組織のかたちを構想していますか? フランクフルト学派やバウハウスなどですか? あなたの発想のもとになった現代の例はありますか?

 

ユク・ホイ:まったくおっしゃるとおりです。これはさまざまな角度からテクノロジーへの理解をすすめ、実践をおこなうあらたな運動ないし学派にならなければいけません。近年、多くのひとがブラック・マウンテン・カレッジのモデルのある種の再興を話題にしていますね。というのも、バウハウスが試みたように、こうしたあたらしい運動にはなによりまず、産業界の変化を目的としたあらたな教育の筋道や集団のかたちが必要になってくるからです。私のほうでも、2014年に「哲学と技術のリサーチネットワーク」を立ち上げました。そうしてこれまでさまざまな機関や人物との協力関係を発展させてきましたが、まだまだ道のりは遠いのが現状です。この問題はまちがいなく共同のプロジェクトとなるでしょう。ですから、こうした現状分析や問題意識を共有する研究者たちが参与してくれることが必要なのです。

 

ロヴィンク:サイバネティクスは現在の形而上学なのでしょうか? ハイデガーはサイバネティクスが哲学にとって代わるだろうと予測したかと思いますが、少なくとも西洋の学術界には、いまのところその兆しはないですね。技術哲学もせいぜい哲学の周縁的な下位分野でしかない。ならば、いまこそ学問の分野に抜本的な改革が必要なのでしょうか?

 

ユク・ホイ:『再帰性と偶然性』では、形而上学の終焉にかんするハイデガーの見解はただしく、それゆえハイデガーを越えて思考することが不可欠だということをあきらかにしようと試みています。1966年に『シュピーゲル』誌の記者から、哲学のあとにくるものはなにかと問われたハイデガーは、ひとこと「サイバネティクス」と答えました。ハイデガーに言わせてみれば、有機的なものとは、機械的-技術的なものによる近代性の自然に対する勝利でしかありません。ですから私は、有機的な思考の形態や、それが生じた領域である生態学やサイバネティクス、ガイア理論などはみなハイデガーのいう「終焉」のあかしだと考えています。問題はこの終焉をいかに乗り越えるか、なのです。

 

ハイデガーはまた、1964年の「哲学の終焉と思索の課題」という論考のなかで、哲学の終焉とはやがて世界の文明が西洋の思想にもとづいたものとなってしまうことだと述べています。もちろん、これは物議をかもす主張でしょう。そしてこの主張をさまざまな領域にわたって論じたのが、私の二冊めの本である『中国における技術への問い——宇宙技芸試論』です。

 

宇宙技芸 cosmotechnics という概念は、それぞれの文化や時代が技術にたいする多種多様な考え方をもつという発想に関連しています。宇宙技芸は『再帰性と偶然性』でも中心となっています。というのもこの本では、ハイデガーが近代のテクノロジーの本質だと考えた「集立(Gestell)」の概念を発展させることを目指しつつ、テクノロジーに対するさまざまな理解を再構築しようと試みているからです。私はサイバネティクスを捨て去ればよいといっているのではありません。むしろその限界と可能性の両方を認識すべきだと言っているのです。

 

『再帰性と偶然性』には、ジョセフ・ニーダムという人物を介したサイバネティクスと中国思想の対話が含まれています。これを『中国における技術への問い』の第17節に対するひとつの注釈だとみなしてもよいでしょう。そこで私はニーダムが中国哲学の特性は有機体論であると述べたことについて議論しています。この本では、中国の技術的な思考の存在は、宇宙や道徳に対する異なった理解にもとづいているのだと主張しているのですが、幸いなことにこの主張は中国、日本、韓国で歓迎されています(おおむねこれらの地域の思想が似ているからでしょう)。若い学者や研究者のなかには、この問題に熱心に取り組んでいるひともいますね。この本は韓国語訳がすでに刊行されましたし、中国語と日本語の翻訳も今年中には出るようです。

 

世界の文明がいまや完全に西洋思想にもとづいたものとなっているというハイデガーの言葉にしたがえば、哲学の終焉とは西洋以外の思索の方法の要請だと言うこともできます。たとえば、いわゆるグローバル・サウスが自分たちの宇宙技芸や技術的思考を再発見し、それによってテクノロジーの発展全体にあらたな方向性を与えることはできるのでしょうか? 昨今の米中の政治的争いが引き起こしたファーウェイへの深刻な打撃によって、ファーウェイ独自のOSの開発が余儀なくされるのでしょうか? あるいは単に中国語で記述されたアンドロイドのヴァージョンが開発されるだけなのでしょうか? これは来るべきあらたなテクノロジーの指針や地政学にとって決定的なことなのです。

 

さきほど技術哲学についておたずねになりましたが、私は細かい分野のなかからあえて選ばざるをえなくなった場合を除き、基本的に自分のことを技術哲学者だと言うことはありません。スティグレールのように、私もたいてい技術が第一哲学だと考えています。哲学とは、つねに所与の時代の技術的状況によって条件づけられ、生み出されるものです。

 

ロヴィンク:サイバネティクスが研究者たちのあいだで哲学にとって代わっていないように、「ディジタル・スタディーズ」や「インターネット・スタディーズ」といった分野もまだ十分に浸透してはいません。ただ、その一方でいわゆる「ディジタル・ヒューマニティーズ」が台頭してきていますね。いわば衰退しつつある学問分野を内側から刷新するという汚れ仕事を与えられてきたわけです。じっさい、データ主導ではない人文学的アプローチは消えてゆきつつあるわけですが、ここではいったいなにが起こっているのでしょうか?

 

ユク・ホイ:こんにちでは、あらゆる分野で人工知能や機械学習、ビッグデータが研究テーマとして求められています。たとえば社会学、建築学、哲学、人類学、メディア・スタディーズや自然科学などなど、どこもそうですね。ですが、ロヴィンクさんもおっしゃったように、たいていの場合これによって研究の論点がむしろ狭くなってしまっている。私はディジタル・ヒューマニティーズ自体に反対する気はありません。問題は研究の指針があまりに限定的であることです。私は二年前にイングランドにあるディジタル・ヒューマニティーズ関係の学部から教員採用の面接に呼ばれたことがあります。ただその後先方から、いささか残念そうな面持ちで哲学者ならいまは必要ないのだと言われました。

 

おそらくテクノロジーは、端的に異なったいくつもの分野をつなぐ共通の糸のようなものとなっています。言い換えれば、じつに多くの分野がテクノロジーという難題に応答しようとしているのです。この状況は、20世記のメディア論や技術哲学、文学研究の枠組みに限定されない、ラディカルな技術的思考のあらたな形式をもたらすのではないでしょうか? ディジタル・ヒューマニティーズはまだ世界的な学問分野にはなっていません。ですが、やがてさまざまな地域に受容されたとき、この分野自体が問いに付され、再定義されることでしょう。このような問題こそ、さまざまな分野の研究者が一緒になって考えなければならないことだと思います。私たちはこれをきっかけにして、既存の学問分野を再考し、あらたな思想を発展させなくてはなりません。

 

ロヴィンク:ディジタル・テクノロジーの積極的な活用と、こうしたテクノロジーによって引き起こされた変化に対する根本的な理解とのあいだの隔たりは、日増しに大きくなっています。この隔たりを埋めるにはどうすればよいとお考えですか? 私には、急速に閉鎖的になり、いよいよ退行の度合いを高めつつあるヨーロッパ大陸がこの隔たりを埋めているとは思いません。ならば、私たちはあらたな技術的思考への希望をアジアに託すべきなのでしょうか? あるいは、各地へ分散した知的生産のネットワークを構想すべきなのでしょうか?

 

ユク・ホイ:私たちは、これまで数十年間にわたって用いられてきた教育システムや学問分野の区分を考えなおす必要があるでしょう。既存の諸分野のあいだの隔たりを埋めるのはおそらく不可能だと思います。というのも、この手の隔たりはいくら埋めようとしても維持されてしまうからです。たったひとつの可能性は、はじめからこのような隔たりが存在しないあらたな学問分野を作り出すことです。

 

私は青春時代にイングランドやフランス、ドイツで研究し、仕事をしました。それはこの上なくすばらしい時間でしたし、ヨーロッパは私の心に深く根づいています。ですがヨーロッパでは、レイシズムや保守主義がますます勢いを増しており、私はそれによってヨーロッパが衰退してしまうのではないかと懸念しています。私はけっして、あらたな技術的思考が必然的にヨーロッパではなくアジアから生まれてくると言いたいのではありません。しかしそうした思考は、複数の思考のシステム間の非互換性から生じるものにほかならないのです。というのも、諸文化間の従属も征服も回避しつつ、思考そのものに個性を与えられるのは、とりもなおさずこの非互換性だからです。ですが私は、ヨーロッパにこれを受け入れる準備ができているのかどうか、ますます疑問に感じつつあります。現代の哲学とテクノロジー、そして地政学の関係性をあらためて論じなおすことはきわめて重要だと思いますが、どうやらこの問題はまだほとんど思考されていないようです。

 

ユク・ホイはベルリンを拠点にする哲学者。著書に『デジタルオブジェクトの存在について』(ミネソタ大学出版、2016年)、『中国における技術への問い——宇宙技芸試論』(MIT出版、2016年)、『再帰性と偶然性』(ローマン&リトルフィールド、2019年)がある。

 

ヘールト・ロヴィンクはオランダのメディア理論研究者、インターネット批評家。2004年からネットワーク文化研究所主任。新著に『デザインによる悲しみ』(プルート出版、2019年)。

哲学と世界を変えるには――石田英敬 × ユク・ホイ × 東浩紀イベントレポート

哲学と世界を変えるには――石田英敬 × ユク・ホイ × 東浩紀イベントレポート

伊勢康平(ゲンロン編集部) @yisikp

 

東アジアの三人の哲学者が、通訳をまじえずに英語で議論をする。そんな日本ではかなり挑戦的と言えるイベントが、五反田のゲンロンカフェで開催された。二〇一九年八月二〇日、香港出身の哲学者であるユク・ホイ[☆1]を招き、石田英敬と東浩紀が彼を迎えるかたちで行なわれたトークショー “Is a Post-European Philosophy of/in Technology Possible?” である[★1]。

 

ぼくはゲンロン編集部に所属しており、中国近現代の思想や文学を研究するかたわら、ユク・ホイの『中国における技術への問い The Question Concerning Technology in China 』(二〇一六年)の全訳を仲山ひふみと進めている。また今回のイベントでは、ゲンロンのスタッフとしてユク・ホイとの連絡や一部広報などを担当した。本稿では、翻訳者でありゲンロンのスタッフでもあるぼくが、中国思想を学ぶ者の視点から見たイベントの模様をレポートしようと思う。

 

ゲンロンカフェには、これまでも海外の思想家や作家が登壇してきたが、通訳をまじえないイベントは初めてである。なので運営側としてもどれほどの反響があるかまったく読めない状況だった。企画当初は、五〇人くらいの聴衆が会場に集まればよいのでは、というくらいの気持ちだったのである。だが蓋を開けてみれば、会場にはじつに七〇人あまりの聴衆が足を運び、しかも九割以上は日本人であった。さらに言えば、外国人でも日本語が堪能なひとが多く、結果として英語話者で日本語のできないユク・ホイがかえって圧倒的なマイノリティとなり、なぜか肩身のせまい思いをするという不思議な雰囲気のなかイベントは始まったのである。これはお呼びした側としてはやや想定外であり、申し訳ないことではあった。

 

ユク・ホイはドイツに拠点を置く気鋭の哲学者である。著書『中国における技術への問い』の序論の翻訳が『ゲンロン』に掲載されたので、ご存じのかたも多いだろう[★2]。今回のイベントは、いま世界的に注目を集めるユク・ホイが新著『再帰性と偶然性 Recursivity and Contingency』(二〇一九年)の最後で提唱した「ポストヨーロッパ哲学」という概念をめぐって、『新記号論』の著者である石田・東両氏と討論するというものだ。『新記号論』のなかで、ふたりは二一世紀のメディア状況、とりわけ情報技術や認知科学の発展を視野に入れた新しい記号論の創造を試みており、今回もおのずと技術の哲学、また近代のテクノロジーと哲学の関係性にまつわる問いを中心に議論が展開されることとなった。

 

イベントはモデレーターを務めた東による趣旨説明および石田によるユク・ホイの紹介に始まり、ユク・ホイと石田がそれぞれプレゼンを行なったあとで、三人によるディスカッションで締めるという流れで進行した。ユク・ホイの発表は、ポストヨーロッパ哲学という新しい用語の意味や可能性を起点とし、中国の技術哲学を通じて、彼の一貫したテーマである技術の多様性を問題とするもので、石田のプレゼンはおもに、『新記号論』でも主題的に論じられたあらたな一般記号学の見地から、ライプニッツを介して中国古代のメディアや記号システムを再解釈しながら、「デジタル的転回」というキーワードによってその変遷を論じるものであった[★3]。ここではふたりの論点をまとめつつ、両者のアプローチの関係性や、京都学派と新儒家といったトピックについて検討したい。

杭州でユク・ホイが開催したシンポジウムで出会ったという三人。石田と東は、東の学生時代以来およそ二〇年ぶりの再会であったという。

 

ポストヨーロッパ哲学はなぜそう呼ばれるか

 

今回のイベントのタイトルの和訳は「テクノロジーの/におけるポストヨーロッパ哲学は可能なのか?」である。そもそも、ポストヨーロッパ哲学とはなんなのか。ユク・ホイはこの概念をハイデガーの議論から引き出している。

 

ハイデガーによれば、西洋の形而上学は、存在 Sein の本質を忘却させ、それを存在者 Seiende の問いにすり変えてしまうという点で、科学やテクノロジーと本質的に共通している。近代のテクノロジーが西洋を超えて各文明へと拡大することは、すなわち西洋的な思考の形式が広がってゆくことと同義なのである。したがって、近代的なテクノロジーによって規定された均一的な世界文明が誕生するとき、世界は事実上、西洋の哲学によって支配されることになる。ハイデガーはこれを「哲学の終焉」と呼んだ。つまりここでハイデガーが言う終焉とは、死滅ではなく完成なのである。

 

「哲学の終焉」とは西洋哲学の支配であり、ゆえにテクノロジーの支配である。この議論がもつ意義はじつに大きい。というのも、ユク・ホイが紹介したこのハイデガーの議論を受けて東が強調したように、これは西洋の文化的な支配が、本質的にテクノロジーによる統一的な支配でもあることを意味しているからだ。そうであるならば、西洋の文化的支配に抵抗するべくさまざまな地域がもつ文化の多様性に訴えかけることは、はなからまったく不十分だということになる。なぜなら、いくら文化が多様化したところで、技術による支配と均質化は依然として進行したままであるからだ。このようにして東は、技術的な思考を、果ては技術そのものを多様化すべきであるというユク・ホイの主張の重要性と必然性を説明する。

 

続けてユク・ホイは、この「哲学の終焉」を決定づけているのは、ノーバート・ウィーナーによって提唱されたサイバネティクスであるというハイデガーの議論に言及する。サイバネティクスとは、情報通信による制御という観点から、生物や機械を統一的に認識することを目指した理論であり、そこでは必然的に機械と生物の対立は曖昧にされる。これに対して東は、機械論(機械)と有機体論(生物)の対立とは、言い換えればシステムと自由意志の対立であり、この二項対立こそが近代的な思考を特徴づけていたと指摘する。つまりサイバネティクスはそうした近代的な二項対立を乗り越える可能性をもつのである。他方、ユク・ホイは、ここでサイバネティクスがあくまで機械の理論であることに注意しなければならないと主張する。なぜなら、機械が生物の動きを取り込むことによって二項対立を乗り越えるということは、まさに機械を生みだす技術的思考によってすべてが統御されるということにほかならないからだ。ハイデガーは、一九六六年の『シュピーゲル』誌での対談において、哲学のあとに来るものはサイバネティクスだと述べているのだが、それはこうしたサイバネティクスの性質に由来している[★4]。

 

近代的なテクノロジーの支配によって、西洋の哲学は終焉=完成する。そして「哲学の終焉」以後の時代を特徴づけるのは、機械と生物の対立を機械の側から乗り越えるサイバネティクスである。「ポストヨーロッパ哲学」をめぐるユク・ホイの議論はこの認識を前提としている。つまり彼は、ヨーロッパの哲学が終焉を迎えたあとに、どのような哲学が可能であり、また思考されるべきなのかを問題にしているのだ。

 

とはいえ、そのような思考はいかにして可能となるのだろうか? 東は、哲学の終焉によって西洋の思考が世界を支配するのであれば、非ヨーロッパの思考が立脚する余地はあるのだろうかと問いかける。そこでユク・ホイが援用したのが、「思索 thinking」という語の可能性に注目するというハイデガーの議論である。ユク・ホイはハイデガーの「哲学の終焉と思索の課題」というテクストに着目し、ハイデガーが哲学という制度にとらわれない(があくまで西洋的な)ものと考えていた「思索」を、非ヨーロッパの思想も含めるものとして発展させなければならないと主張する。こうして「哲学の終焉」以後のあらたな思想が、つまりポストヨーロッパ哲学が可能となるのである。「哲学の終焉」が近代的なテクノロジーと密接に関連している以上、ポストヨーロッパ哲学への問いのなかでは、技術への問いが、とりわけ西洋哲学とは異なる起源をもつ技術の探求が、不可欠となるのである。

 

宇宙技芸と中国哲学

 

技術の起源として、西洋哲学とは異なる思考のありかたを探求する。ユク・ホイのねらいはひとまずこのように要約できる。そして、この探求において鍵となっているのが、技術が普遍性と特殊性を併せもつという事実である。彼はルロワ゠グーランの議論を参照しながら、つぎのように説明する。つまり、技術はたとえどんな文明や文化圏のものであっても、身体の機能(切る、支える、刻む、持つ……)や記憶を外部化したものであるといったような共通点ないしは傾向をもつのだが、同時にひとつの事実として、技術は各文化によって異なるかたちであらわれ、場合によっては、たとえ外来の技術を取り入れてもそれに取って代わられることなく保全されるのであると。ユク・ホイはこうした技術の特殊性の例として料理を挙げる。つまり、外国のレシピや調理法を取り入れても、もとの食文化が消滅することはないということだ[★5]。

 

技術の特殊性は、ユク・ホイの哲学を支える重要なポイントだと言ってよい。なぜなら、個々の技術が特殊であるという事実によって、それらの技術に関する思考もまた特殊かつ複数でありうるという洞察が導かれるからだ。彼の『中国における技術への問い』は、まさにこうした認識のもとで、上述の前提を念頭に、いわばハイデガーへのひとつの応答として中国の技術哲学を打ち立てようとした書物である。この本のなかでユク・ホイは、道(ダオ)と器(チィ)、それから宇宙技芸 cosmotechnics という概念を提示しており、それらは今回の議論でも焦点となった。

 

スライドを用いて語るユク・ ホイ。プレゼンのあいだも、石田や東が繰り返し質問をする場面がみられた。

 

道と器の概念やその関係性は、中国思想においてきわめて重要なものである。中国において両者の関係性そのものが「道器論」として主題的かつ積極的に論じられるのは、だいたい宋代や明清以後なのだが、道と器というカテゴリー自体は『易経』など古代のテクストからひろく用いられている。

 

ユク・ホイの定義によれば、「道」とは万物の至高の原理(たとえば儒家の言う天=宇宙の秩序と人間の道徳性の統一という境地)であり、ゆえに無限とされる[★6]。他方「器」は一種の有限性をもつ道具や器具、あるいはひろく技術的対象のことを指しているという。しかしじつのところ、中国哲学において道と器はあまりに多様な意味をもっており、端的に定義するのはとても難しいというのがぼくの実感である。たとえばユク・ホイもイベント中に引用していたのだが、『易経』の「繋辞上伝」には「形而上であるものを道と言い、形而下であるものを器と言う(形而上者謂之道、形而下者謂之器)」と書かれており[★7]、器が技術的対象にかぎらずきわめて広範な意味をもちうるのがわかる。じっさい、『文心雕龍』の「原道篇」では、人間が「有心の器」だと述べられているのである[★8]。とはいえ、中国の技術哲学を構築しようとする近年の試みの多く(絶対数はきわめて少ないが)は「道器論」の伝統を継承するかたちで行なわれているため、ユク・ホイの定義や用語法は、中国哲学の専門的な見地からもおおむね理にかなったものだと言えるだろう[★9]。

 

道と器の概念は一見対立する概念のようにも思える。しかし、そうではないとユク・ホイは言う 。しばしば言われるように、中国思想は天=宇宙と人間の相関的な思考に高い価値を置くという特徴をもっているのだが、そこではたとえば祭祀の道具のように、器が宇宙と人間の関係性を媒介するものとして考えられているのであるのだという。また道はそもそも諸存在者の至高の秩序を表すため、器もまた道に適合していなければならない。したがって、道と器は究極的には統一すべきものであると考えられる。これがユク・ホイの強調する 「道器合一」である。このあたりの詳細は『中国における技術への問い』で論じられているので、ぜひとも読んでいただきたい[★10]。

 

宇宙技芸 cosmotechnics とは、こうした道と器の関係性から導かれた概念である。この語からは宇宙技術 space technology 、つまりロケットを遠くに飛ばすような技術を想起するかもしれないが、それとは別物である(だが厳密に言うと、ロケットも数ある宇宙技芸のひとつにはなるだろう)。宇宙技芸とは、端的に言えば宇宙論と密接に結びついた技術のことである。ユク・ホイは中国の宇宙技芸のひとつの例として漢方を挙げている。漢方はじっさいにひとつの技術として開発されただけでなく、その仕組みが陰陽や五行説といった、中国の伝統的な宇宙論に関する多くの理論によって形成されているからだそうだ。

 

とはいえ、そもそもなぜ宇宙なのだろうか? プレゼンのなかで、ユク・ホイは宇宙論は特殊な技術だと述べている。つまりそれぞれの文化がもつ宇宙論の差異を明らかにすること自体が、技術の多様性を示すひとつの有効な手段であるということだが、彼のねらいはさらに先にある。『中国における技術への問い』の序論でユク・ホイは、ルロワ=グーランによる技術の普遍性と特殊性(技術的傾向と技術的事実)の対比モデルが、結果的に技術の特殊性を環境的要因のみに還元してしまったことを批判しつつ、宇宙論的かつ形而上学的な観点からの問題設定の必要性を強調している。つまり宇宙論とは、単に技術の特殊性の産物であるだけでなく、ひとつひとつの特殊な技術を背後で支える形而上学的な基盤でもあるということだ。その意味で、彼にとって本質的には「技術はつねに宇宙技芸である」[★11]。

 

哲学を変える/世界を変える

 

こうしたユク・ホイの議論を受けて、石田英敬は、中国の宇宙技芸として占いと文字に言及した。よく知られるように、中国の文字のはじまりは、文字と占卜が結びついた甲骨文字にある。シャーマンによる占いの道具=器であり文字のメディアでもあったこの甲骨には亀の腹甲などが使用されたわけだが、石田によれば、甲骨はそれ単体で理解されるべきではなく、むしろ亀という動物全体の一部と見なされなければならないのだという。なぜなら、亀そのものが、宇宙を観測する器としての性質を付与されていたからだ。

 

宇宙技芸としての亀について語る石田。一見ユーモラスでありながら、そこには記号の原始的な形態や宇宙技芸といった多くの重要な論点との接点が仕込まれていた

 

石田の解説によれば、ここでは亀の背側が天を象徴し、腹側が地を示している。そして天と地の境界面(インターフェイス)に、人間が関与し、文字が刻まれる甲骨というメディアが展開されているのだという。これは地に立つ人間が、シャーマンを介して天からのメッセージを受け取り、記録するというプロセスを具現化しており、まさに当時の中国人の世界認識の道具であると言えるのだ。そのため石田は「亀は中国人が手にした最古のスマホ」であったと述べた。半ば冗談とはいえ、手で触れながら文字を刻み込む、世界認識のためのインターフェイスであるということで、きわめて興味深い表現である。

 

とはいえ、石田にとってより重要なのは、殷代の甲骨ではなくむしろ周代の筮竹(ぜいちく)であろう。筮竹とは易の占いに使用された棒のことである。石田は二進法と易の八卦との関連を述べたライプニッツの議論を参照し、アナログな骨の割れ目や文字記録に規定された甲骨の占いから、陰と陽の二進法的な記号の法則によって行なわれる筮竹での占いへの転換のことを、「デジタル的転回」と呼ぶ[★12]。陰と陽のふたつの記号の組み合わせによって占いを行ない、また宇宙や世界を記述しようと試みた『易経』は、中国思想でも最重要文献のひとつだが、ライプニッツが自身の編みだした二進法の高度な表現をそこに見出したように、石田もまた、『易経』の八卦がもつバイナリ性に着目する。また、『易経』によって表現された宇宙論を軸として、いわゆる十三経[★13]をはじめとする重要なテクストが形成されたことから、『易経』を中心とする百科事典的な想像力を見て取ることができると述べた(とはいえ『易経』も五経ないし十三経のひとつではあるが)。

 

『新記号論』のなかでも漢字を生みだしたという蒼頡の故事を引用するなど、ユク・ホイと同様に自身の技術哲学に中国的な要素を取り入れている石田だが、東は、ふたりのアプローチが大きく異なると指摘する。具体的には、ユク・ホイがいわば哲学における地政学的な転換のなかで中国に言及するのに対して、石田は具体的かつローカルな問題にあまり言及しないのだという。イベント内ではこの相違についてあまり掘り下げられなかったが、ここで簡単に検討してみよう。

 

単純なところでは、やはり両者の目的のちがいがアプローチの対照性を生みだしていると言えるだろう。『新記号論』のもとになった石田のゲンロンカフェでの連続講義が「一般文字学は可能か」というタイトルであったことからも明らかなように、石田の理論的な関心は一般性に集中している。それゆえ、石田が中国の技術に言及するのは、それが彼の構想するあらたな哲学の一般理論にとって有益であるかぎりにおいてなのである。他方、ユク・ホイにとって重要なのは技術の特殊性だ。すでに確認したように、ユク・ホイが技術への問いにこだわるのは、それがテクノロジーと西洋哲学の統一的な支配という世界(史)的な状況、つまり「哲学の終焉」の時代に抵抗するもっともラディカルな方法のひとつだからである。あえて端的に言えば、哲学が終焉を迎えた世界のなかで、哲学によって哲学を生まれ変わらせようとしているのが石田英敬であり、哲学の外側から世界を変えようとしているのがユク・ホイなのだ。

 

またこのちがいは、中国の技術を論じるときに、石田がライプニッツに触れ、ユク・ホイがジョセフ・ニーダムに言及するという相違のなかにも象徴的に表れていると言えるだろう。ライプニッツによる中国へのまなざしはじつに興味深く、発展的に継承されるべきものだが(それをきわめて刺激的なかたちで継承したのが「新ライプニッツ派記号論のために」や『新記号論』だった)、しかしジャック゠デリダがライプニッツの解釈を「無知というよりは無視」にもとづく「ヨーロッパの幻想」であると批判したように、それは必ずしも中国の文脈から見て正確なものだとは言えない[★14]。むろん、デリダの批判が的確であっても、ライプニッツの哲学の重要性はいささかも損なわれないのだが。一方でユク・ホイは、偉大な中国学者のひとりであるジョセフ・ニーダムにしばしば言及している。ニーダムは「なぜ中国では近代的なテクノロジーが生まれなかったのか?」という有名な「ニーダムの問い」を立てたことで知られている。そして、歴史的大著『中国の科学と文明』をはじめとする多くの著作を通して、中国における技術と文明の特質を、つまりは中国の技術の特殊性を明らかにしていったのだが、こうしたニーダムとライプニッツの相違は、たしかにユク・ホイと石田のアプローチの対照性を彷彿とさせる。

 

京都学派と新儒家

 

理論の一般性を追求する石田に対し、ユク・ホイは技術の特殊性を重視している。だがここで重要なのは、ユク・ホイが中国の特殊性を論じるとき、彼は決して「中国は特別である」だとか「中国の伝統的な哲学の体系に回帰するべき」だなどと言いたいわけではないということだ。当然ながら、彼は「中国の特色ある」哲学や理論の称揚を目指しているのでもない。じっさいユク・ホイは、さまざまな場所で中国はあくまでひとつの例でしかないと慎重に断っている。今回のイベントでも、自分が中国を論じるのはたまたま中国人として生まれたからでしかなく、テクノロジーの支配に抵抗しうる宇宙技芸への問いはあらゆる文化のなかで行なわれなければならないとはっきり述べている。またユク・ホイは、テクノロジーの相対化を主張するからと言って、西洋哲学やテクノロジーが、またそれによって規定される近代性が純然たる悪であり、断固駆逐すべきだと言いたいのでもないと断っている。彼の言葉を用いれば、必要なのは「捉えなおす/ふたたび自分のものにする reappropriate」ことなのである。

 

近代性への問いのなかで、ユク・ホイが前例として言及したのが京都学派と新儒家である。どちらも二〇世紀のアジアで起こった哲学的運動であり、西洋とりわけドイツの哲学を吸収しつつ東洋哲学を再構築することで、結果的に西洋哲学でも伝統的な東洋哲学でもないような、新しい哲学を生みだしたという点で共通している。とはいえ、さまざまな歴史的事情によって、同時代の両者にはほとんどコミュニケーションがなかった。いまなお、交流や比較検討が十分になされているとは言えない[★15]。こうした現状は、たとえばカント哲学を応用した牟宗三(モウ・ゾンサン)の哲学をプレゼンのなかで紹介していたユク・ホイに向かって、京都学派と新儒家のちがいを問いかけた石田や東に対し、ユク・ホイもまた十分には応答できなかったことが示しているように思われる。東は「無」の仏教哲学である京都学派と「有」の道徳哲学である新儒家という区別を試みたが、ユク・ホイがそれに応えて言ったように、仏教や儒学、道家思想などといった伝統的なジャンルの差異で両者を区別するのが難しいのも事実である。ユク・ホイは 、京都学派はフィヒテやシェリングらドイツ観念論の強い影響下にあり、純粋な仏教の理論とは言えないということや、初期の新儒家とされる熊十力(シォン・シィリィ)が唯識仏教論から自身の哲学を構築したことに言及しつつ、両学派の区別の難しさを語った。

 

最終的に石田が、これらの哲学が結局のところ二〇世紀のメディア状況によって規定されていたのではないかとまとめると、ユク・ホイはそれに同意して、京都学派と新儒家はテクノロジーを相対化する理論を生みだせなかった点でやはり近代を捉えなおすことに失敗したと総括した。そして技術への問いを通じて京都学派や新儒家を脱構築しなければならないと主張したのである。これに対して東は、「近代の超克」というとき、京都学派はいったいなにを乗り越えようとしたのだろうかと問いかける。というのも、ヨーロッパの哲学やテクノロジーを乗り越えようとした京都学派の試みは、じつのところアメリカの圧倒的な政治的かつ軍事的圧力のもとで行なわれたからだという。たしかに言われてみれば、京都学派が突き進んだ戦争は、結果としてヨーロッパ大陸の外部であるアメリカとイギリスをきわめて物理的に乗り越えようとしたものにほかならなかった。そして東は、Google や Amazon をはじめとする現在の技術的状況がもたらす諸問題は、アメリカニズムと深く関連していると指摘する。この問題はイベント中ではあまり展開されなかったが、やはりいま京都学派を考察し、そこから近代性への問いに関わるなんらかの遺産を相続しようと思ったとき、アメリカニズムは避けて通れないテーマとなるだろう。

 

政治的圧力という点で見るならば、近代の新儒家が直面していたのはもっぱら同じ中国人からの圧力であったと言える。新儒家のはじまりは、おもに五・四運動以後の中国における伝統文化への強い排撃に対するカウンターとしてであったし、その中心地が中国大陸から台湾・香港へ移り、また大陸へと戻っていくプロセスもまた、大陸の政治状況によって決定づけられたものである(直近の大陸の状況はまた異なったものではあるが)。このような京都学派と新儒家が置かれた政治状況のちがいは、両者の問題設定や方向性にたしかな影響を与えていると思われるが、いまここでその詳細を論じる余力はないので、今後の大きな課題としたい。

 

三人の哲学者による対話は非常に多岐にわたり、ここまで述べてきたこと以外にもさまざまな興味深い論点が提示された。またそのほかにも、三人それぞれからまだ成形しきっていない段階の魅力的なアイデアが語られるなど[★16]、あらたな哲学が形成される瞬間に立ち会っているという刺激と高揚感を肌で感じるイベントとなった。

 

***

 

最後にちょっとしたエピソードに触れておこう。ゲンロンカフェではしばしばあることだが、今回のイベントは五時間にわたる長丁場となった。そしてこの長い議論を終えるにあたってユク・ホイが最後に述べた感想は、なんと「つぎは晩ご飯をすませてから来ます」というものであった。

 

石田英敬のプレゼンが終わった一〇時半あたりで、ユク・ホイはにわかに空腹を訴え、壇上でひとり食事をとっていた。このとき会場ではあたたかい笑いが起きていたが、たしかに一見これは心温まる些細な一幕でしかない。三〇代半ばにして五つの言語と多数のプログラミング言語を自在にあやつり、世界的に活躍するというあの哲学者もやはり生身の人間であったか、と安堵のため息を漏らした日本人読者も多かったのでは――という冗談はさておき、じつはぼくはこの出来事こそが、ゲンロンカフェという場所がいかに特異な空間であるかを見事に示しているように思ったのである。

 

ヨーロッパを拠点にしながら、ロシアや中国でレクチャーをし、最近ではセネガルやブラジルのシンポジウムにも招聘されているというユク・ホイは、文字通り世界中でひっぱりだこの哲学者である。先月の訪日も、そうした世界的な活躍の一部にすぎない。しかし今回の一幕は、そんな彼にとってすら、トークショーとはたいてい【飯時までには終わるもの(傍点)】であったということを、裏返して言えば、時間に縛られずに話し続けられるゲンロンカフェという空間が、世界的に見てもじつに稀有な場所であることを意味している。イベント後、スタッフとしてユクの帰りのタクシーを捕まえて見送りをしたときに、いかにも興奮さめやらぬといった表情で握手をしながらなんども「謝謝!」と言い続けるユクを見ながら、ぼくはふとそう実感したのである。

 

追記

今回のイベントの質疑応答の時間で、前近代の中国における認識論的転換についてユク・ホイに質問したかたがいたが、もし中国語ができるならば、金观涛、刘青峰《中国现代思想的起源――超稳定结构与中国政治文化的演变》,法律出版社,二〇一一年の一読を強くおすすめする。これは古代から五・四運動期あたりまでの中国思想史の分析を通じて、近代における断絶をへてもなお受け継がれている思想の構造的類似性、いわば中国思想のいくつかの型の抽出を試みた本である。また近代における認識論的断絶と、その結果生じた近代中国の言説に関して言うならば、やはり汪晖《现代中国思想的兴起》下卷第二部 〝科学话语共同体”,生活・读书・新知三联书店,二〇一五年が(多少の問題はあるが)参考になるだろう。

 

★1 イベントの詳細は以下を参照。URL= https://genron-cafe.jp/event/20190820/

また、vimeo にてアーカイヴを販売している。URL= https://vimeo.com/ondemand/genron20190820 ⏎

 

★2 Yuk Hui, The Question Concerning Technology in China: An Essay in Cosmotechnics , Urbanomic, 2016. 序論は仲山ひふみによって翻訳され、『ゲンロン7』、『ゲンロン8』、『ゲンロン9』に掲載された。現在仲山と伊勢によって全訳の作業が進んでいる。 ⏎

 

★3 石田自身が紹介していたように、今回の石田のプレゼンは、彼の「新ライプニッツ派記号論のために――『中国自然神学論』再論」というきわめて刺激的な論考をベースとしている。石田ほか編『デジタル・スタディーズ2 メディア表象』、東京大学出版会、二〇一五年所収。 ⏎

 

★4 マルティン・ハイデッガー『形而上学入門』、川原栄峰訳、平凡社ライブラリー、二〇〇八年(初版は一九九四年)、三九三頁。 ⏎

 

★5 ちょうどこのとき、東とユクのあいだで、スシとバーガーのせめぎ合いとその未来をめぐってとても興味深いかけ合いが行なわれた。その詳細はぜひ動画のアーカイヴで見届けてほしい。 ⏎

 

★6 中国思想に関心があるひとへの注。じつはぼくはこのイベントに先立って、今年の二月に香港でユク・ホイと個人的に会っているのだが、そこで話した話題のひとつに道や聖人の教えの言表可能性に関する問題がある。いわゆる「言意之辨」というものだ。彼が『中国における技術への問い』のなかの唐代の古文運動を論じた箇所で、器としての書字(エクリチュール)の機能に触れていることを受けて、ぼくが『易経』にあるように、古来「書かれた文字は話された言葉の内容をすべて表現することはできず、話された言葉は聖人の意を完全に表すことができない(書不尽言、言不尽意)」と言われているが、器としての書字は道と合一できるのだろうか? と問いかけたのである。それに対してユク・ホイは、有名な『老子』の冒頭である「道可道、非常道」を引用しつつ、道とは「尽くして尽くさず(尽而不尽)」、つまり明らかにしたりできなかったりを繰り返しながら、何度もそのまわりを循環し続けるものだと答えたのである。この注を読むようなひとなら分かるだろうが、この答えは三世紀ごろのいわゆる貴無派と崇有派の対立を念頭に置いたものである。ユク・ホイによれば、じつは両派はともに誤りを犯しているのだという。彼の考えでは、道とは無でも有でもなく、むしろ両者のあいだをめぐるある種の再帰的 recursive な循環運動として理解しなければならないのである。そして彼は、この認識をもとに魏晋の玄学や山水画を捉えなおしたいのだという構想をぼくに語ってくれた。

当時は思い至らなかったが、いまぼくがユク・ホイの道の解釈を聞いてひとまず想起するのが、台湾の哲学者・呉汝鈞の提唱する「純粋力動現象学」との類似性である。彼もまた、ドイツ観念論や中国哲学、新儒家や京都学派などを自在に参照しつつ、絶対的な有とも無とも言えないある種の運動(純粋力動)という観点から東洋の宇宙論を捉えなおし、あらたな哲学を作りだそうと試みている。とはいえ、この点はぼく自身まだ整理しきれていないので、詳細を述べるのはまたの機会にしたい。呉汝鈞の理論については、吳汝鈞《純粹力動現象學》,台灣商務印書館,二〇〇五年などを参照。

 

★7 今井宇三郎、堀池信夫、間嶋潤一『易経 下』、新釈漢文体系第63巻、明治書院、二〇〇八年、一五五五頁。 ⏎

 

★8 劉勰著,詹鉠義證《文心雕龍義證》上冊,上海古籍出版社,一九八九年,一〇頁。ちなみに、ユク・ホイがイベントの終盤で中国における人間の概念を紹介した際に、「名前の英訳がわからないのですが……」という趣旨の詫びを入れながら引用した書物があったが、それもこの『文心雕龍』の「原道篇」だと見て問題ないだろう。そこでは天・地の創造的な活動に参与しうるのが人間であると説かれている。 ⏎

 

★9 中国の技術哲学に関する仕事としてひとつだけ例を挙げておくなら、やはり李三虎《重申传统――一种整体论的比较技术哲学研究》,中国社会科学出版社,二〇〇八年となるだろう。ユク・ホイも『中国における技術への問い』のなかでこの仕事を高く評価している。

 

★10 二〇一九年九月現在、韓国では全訳が出版されており、中国ではユク・ホイが杭州の中国美術学院で行なった同書に関する連続講義の動画とその文字起こしが公開されている。(URL= http://caa-ins.org/archives/238)日本語の全訳も、なるべく早く読者のみなさまにお届けできるようにしたい。

 

★11 Yuk, op. cit., p.19. (邦訳は「中国における技術への問い――宇宙技芸試論 序論(2)」、仲山ひふみ訳、東浩紀編『ゲンロン8』、ゲンロン、二〇一八年、二四七 ‐ 二四八頁参照。)

 

★12 また石田は、筮竹の素材であるノコギリソウがギリシアの英雄アキレスに由来する「アキレア Achillea」という属名をもつことから、甲骨から筮竹への転換のことを、ユーモアをまじえて「亀からアキレスへ」とも名づけている。

 

★13 宋代に定められた、儒家の一三の最重要テクスト。易経、書経、詩経、周礼、儀礼、礼記、左伝、公羊伝、穀梁伝、論語、孝経、爾雅、孟子のこと。ちなみに四書(論語、孟子、大学、中庸)も朱熹が宋代に定めた分類である。

 

★14 ジャック゠デリダ『根源の彼方に グラマトロジーについて 上』、足立和浩訳、現代思潮社、一九八三年、一六三 ‐ 一六四頁。なお、イベントではユク・ホイもライプニッツに言及していたが、彼はライプニッツのなかでもっとも重要なのは結合法ではなくモナドロジーだと言っている。なぜなら、ユク・ホイによればライプニッツの主要な哲学的課題は、有限の記号やその法則によって無限の世界をあらわすことであり、それをもっとも理想的なかたちで実現した理論がモナドロジーだからだ。

 

★15 新儒家について日本語で書かれた本はきわめて少ない。ひとまず朝倉友海『「東アジアに哲学はない」のか――京都学派と新儒家』、岩波現代全書、二〇一四年と、土田健次郎編『21世紀に儒教を問う』、早稲田大学出版部、二〇一〇年、および中島隆博『共生のプラクシス――国家と宗教』、東京大学出版会、二〇一一年、第III部の三つを挙げておく。また英語では、中国学者のジョン・メイカムらによる優れた概説書がある。John Makeham ed., New Confucianism: A Critical Examination, Palgrave Macmillan, 2003.

 

 

★16 そうした論点のひとつが、ユク・ホイがあらたな政治哲学の概念として提唱する fragmentation である。彼の言う fragmentation とは、ヒューマニズムがもたらす、人間同士の融和という名の均質化を目指すのでもなければ、自己のアイデンティティを確認するために、カール・シュミット的な友と敵の意図的な分断を強調するのでもないようなひとつの態度であり、いわば否定しがたい端的な差異を受け入れつつも、その調整を模索してゆくような姿勢を表すのだという。まだ理論として完成しているとは言えないが、一読者として今後の展開が非常に楽しみなものである。

 

Profile

伊勢康平(いせ・こうへい)

一九九五年生まれ。早稲田大学文学学術院文学研究科修士一年。ゲンロン編集部所属。専門は中国近現代の思想と文学。現在、ユク・ホイ『中国における技術への問い』を翻訳中(仲山ひふみとの共訳)。

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ポストモダンとその後?

ポストモダンとその後?

——『ポストモダンの条件』出版40周年に

日時:2019119日、10

場所:中国美術学院南山キャンパス 学生宿舎レクチャーホール”

 

 

講演者:アシュリー・ウッドウォード(ダンディー大学/イギリス)、サラ・ウィルソン(コートールド美術研究所/イギリス)、ベルナール・スティグレール(ポンピドゥ・センターIRI研究所、CAA/フランス)、フィリップ・パレノ(アーティスト/フランス)、李洋(北京大学/中国)、許煜(バウハウス大学ヴァイマル、CAA/香港)、東浩紀(株式会社ゲンロン/日本)

 

アカデミックサポート:高士明、余旭紅、管懐賓

 

主催者:許煜

 

主催:

 

China Academy of Art

中国美術学院(CAA

中国美術学院中国視覚研究協同イノベーションセンター

中国美術学院インターメディア学科

 

 

技術與哲學研究網絡

哲学と技術のリサーチネットワーク

序言

 

このシンポジウムは、1979年に出版されたジャン゠フランソワ・リオタールの 『ポストモダンの条件——知・社会・言語ゲーム』の刊行40周年をきっかけにして、ポストモダンという概念とその今日における遺産について再検討しようというものである。

 

『ポストモダンの条件』およびそれ以後のリオタールの著作は、いまもなお私たちの時代を予言するものであり続けている。あらたな技術がもたらす知識の生産や社会構造の転換をめぐってリオタールが下した判断は、単に正しかっただけではない。人工知能や機械学習、そしてシンギュラリティをめぐる言説に支配されてしまったこの時代をいまいちど批判的に検討するにあたって、その重要性はますます増加しているのだ。

 

歴史的に見て、ポストモダンがヨーロッパ的な近代性からの断絶であり、自分たちの社会の転換を批判的に理解するための引き金のようなものだと考えてしまうなら、そうした言説は依然としてきわめてヨーロッパ的なままだと言える。その根拠に、非ヨーロッパ的な近代性とはなにかと問いかけてみよう。もし一部のヨーロッパ知識人が言うように、たとえば中国のような非西洋諸国に近代性はなく、もっぱら近代化だけがあるのだとしたら、リオタールが論じたあの種の近代性を持たない文化にとって、ポストモダンとはなにを意味しているのだろうか? いまやポストモダンは非西洋諸国の文化において広く受容されているわけだが、それも結局のところ各文化の知的な考察にともなう一種の盲点のようなものでしかないのだろうか? そして前近代-近代-ポストモダンという進展を表す時間軸もまた、疑問に付されるべき虚構でしかないのだろうか? そうであるならば、私たちはいかにして、世界各地の技術の収束という今日の状況を視野に入れつつ、ふたたび世界史への問いを表明できるのだろうか? この技術的均質化を乗り越え、さまざまな技術が織りなすいくつもの未来を語る可能性はまだ残されているのだろうか?

 

ポストモダンとその後をめぐるこの再検討のなかで、芸術はいかに寄与しうるのか。これは後期のリオタールに関連する問いである。彼が監修し、1985年にポンピドゥー・センターで開催された「非物質的なもの」という展覧会や、1988年に出版された『非人間的なもの』という書物のなかで、リオタールはデジタル技術に秘められた変革を起こす力とその限界を明らかにしたのだが、そこで彼が訴えかけたのが、芸術の作用であり、またいささか驚くべきことに、13世紀の日本の仏僧である道元の教えであった。「非物質的なもの」は、20世紀でもっとも重要な展覧会のひとつとなっているが、ならば私たちは1979年以後の後期リオタールによるこうした考察と努力をいかに評価しうるだろうか? このシンポジウムで、リオタールに関する仕事を残してきた学者や思想家、アーティストを集結させ、これらの諸問題をめぐって批判的思考を交わし、リオタールとその時代を乗り越えることができれば幸いだ。

プログラム

11月9日(土)

 

8:30-9:00 参加者会場入り

 

9:00-10:00 開会の辞

高士明(中国美術学院副院長)

許煜(当シンポジウム主催者):ポストモダンとその後?

 

10:00-11:00 第一部

講演者:ベルナール・スティグレール

『ポストモダンの寓話』から神話的な負エントロピー的人新世(Néguanthropocène)の時代へ——21世紀にリオタールを読む

 

11:00-12:00 第二部

講演者:サラ・ウィルソン

ヴァニタスとしての哲学——リオタールの誘爆された崇高

 

12:00-14:00 昼食と休憩

 

14:00-15:00 第三部

 

講演者:許煜

展示と感性化——「非物質的なもの」再考

 

休憩

 

15:30-16:30 第四部

講演者:フィリップ・パレノ

「非物質的なもの」の続き?

 

16:30-17:30 第五部

一日目のまとめとディスカッション

 

18:00-20:00 夕食

 

 

11月10日(日)

 

9:30-10:30 第六部

講演者:李洋

リオタールと異質なる映画(cinema-alien)の系譜学

 

休憩

 

11:00-12:00 第七部
講演者:アシュリー・ウッドウォード
システム障害

 

12:00-14:00 昼食と休憩

 

14:00-15:00 第八部

 

講演者:東浩紀

データベース的動物は、いかにして政治的動物となるのか?

 

休憩

 

15:30-16:30 第九部

 

全出席者による座談会

講演者

アシュリー・ウッドウォード(ダンディー大学/イギリス)

アシュリー・ウッドウォード(ダンディー大学/イギリス)

System Failure

 

In considering the legacy of The Postmodern Condition 40 years after its publication, it is prudent to begin with Lyotard’s own later reflections. He took the collapse of communism in Eastern Europe in 1989 as confirmation of his famous earlier thesis of widespread ‘incredulity toward metanarratives.’ For him, this signaled the end of what he called ‘tragic politics’ – a struggle on the world stage in which the stake was which system would govern human life. For him, Marxism was now confirmed as a defunct metanarrative, and the system which had won out was liberal democratic capitalism, governed by a technological-economic principle of ‘performativity.’ Lyotard’s pessimistic view until his death in 1998 was that there was now no alternative to this system, and politics was reduced to its fine-tuning on the one hand, and resistance to it in the form of individual acts such as ‘writing,’ on the other. Lyotard’s later view of ‘the postmodern condition,’ then, was that of a hegemonic global system which was stable and self-regulating, having defeated all competitors and proven itself the most efficient.

 

Lyotard did not believe that a ‘political science’ was possible, and his views were based in a methodology derived from a reading of Kant, in which judgements may be made on the basis of feelings attached to significant historical events. The events which led to his diagnosis of ‘the postmodern condition’ were ones which he took to replace enthusiasm about progress with disappointment and melancholy (above all, the Shoah). Considering Lyotard’s thesis in the light of his own methodology, I argue that it is no longer possible to view the world in the way that he did in the nineteen-eighties and -nineties. While for Lyotard the direst prospect was the hegemony of a hyper-rationalized, stable system, threatened only by the death of the sun in 5 billion years, only a few decades later it is no longer possible to view the world this way. A number of key historical events point to massive fault-lines that have appeared in this system, such as September 11, 2001, the global economic crisis of 2007-8, or the election of Trump and the Brexit vote in 2016. Harder to date but more dire is the growing awareness of impending environmental catastrophe. The result, I argue, is that it is no longer plausible to see the world as a well-regulated, highly performative system, but rather, it appears to be one which is facing various forms of ‘system failure.’ At the same time, much of what Lyotard wrote in The Postmodern Condition has only been confirmed: the idea of progress embodied in old metanarratives remains doubtful, and the logic of ‘performativity,’ in its various economic, technological, and cultural forms, pervades social institutions and practices more than ever. The result, I suggest, is a system which continues to fine-tune itself even as it fails.

Dr Ashley Woodward is a Senior Lecturer in Philosophy at the University of Dundee, Scotland. He was born in Australia, where he obtained a PhD and taught in philosophy and creative arts programmes at a number of universities. He is a founding member of the Melbourne School of Continental Philosophy and an editor of Parrhesia: A Journal of Critical Philosophy. His research interests revolve around existential meaning, philosophy of art, and philosophy of information. Much of his work has focused on and been inspired by Friedrich Nietzsche and Jean-François Lyotard. His published books include Nihilism in Postmodernity: Lyotard, Baudrillard, Vattimo (Davies Group 2009), Lyotard and the Inhuman Condition: Reflections on Nihilism, Information, and Art (Edinburgh UP 2016), and, with Graham Jones, the edited book Acinemas: Lyotard’s Philosophy of Film (Edinburgh UP 2017). His book Lyotard’s Philosophy of Art is forthcoming.

サラ・ウィルソン(コートールド美術研究所/イギリス)

サラ・ウィルソン(コートールド美術研究所/イギリス)

Philosophy as vanitas: Lyotard’s exploded Sublime

 

This paper investigates two artists and their paintings within the 1970s French context of Jean-François Lyotard’s Postmodern Condition: Gérard Fromanger’s history painting of a microprocessor ironically titled And you my love, my heart, my life, 1978, and Jacques Monory’s later paintings of stars, nebulae and galaxies following his trip with Lyotard to Silicon Valley, California. These ‘artwork-events’ were screened out by Lyotard’s better-known text around Barnett Newman in ‘The Sublime and the Avant-garde’ (Artforum, New York, 1984).

 

René Descartes’ disembodied cogito, (‘I think, therefore I am’, 1637), preceded Blaise Pascal’s indictment of painting perceived as an imitative ‘vanity’ (1670). The French Enlightenment ratified self-assurance of the philosophising, male Cartesian subject. This was irrevocably decentered, however, by the post-1945 communications explosion and circulation of images across different culture, ideologies, time zones and space itself. Marshal McCluhan described the new TV-connected ‘global village’; Fromanger documented the simultaneous existence of a French poet within the palatial kitsch of a Versailles party, and a Chinese peasant painter at work. Both time zones and star maps figure in the presentation of his microprocessor painting in 1980.

 

Lyotard experienced a double decentering: not only space and time zones within the ‘otherness’ of Cold War America, but painting’s potential to explode philosophy’s logocentrism. He was fascinated by Monory’s star paintings which continued the vanitas tradition: a reflection not upon representation (Pascal) but upon human mortality. Based on computer-generated star maps, they rendered the Kantian sublime obsolete: a philosophical concept itself exploded in the context of time-space exploration and binary number-based computer codes. That huge Californian satellite dishes and military technologies could generate personal writing and thinking tools (the personal computer), that ‘star banks’ could become personal image banks, that metanarratives themselves could dissolve in the ‘behind-the-screen digital’, were lived and thought experiences for Lyotard, as he imagined the giant spectacle-compendium of Les Immatériaux, 1985. Despite the revered philosophical genealogies which thread his text, ‘The Sublime and the Avant-garde’, Kant becomes a dead star, displaced in his last works by Galileo and Saint Augustine. As art becomes ‘Art after Philosophy’ (Joseph Kosuth’s proposition), as the boundaries between art and the new reproductive technologies start to blur, as Lyotard himself experiments with film and art films, philosophy as a discipline in itself becomes, I argue, a vanitas.

Sarah Wilson is Professor of the History of Modern and Contemporary art at the Courtauld Institute of Art, University of London. At the Courtauld she teaches an MA course, ‘Global Conceptualism’ generated in 2011 with Professor Boris Groys, She has published The Visual World of French Theory: Figurations 2010 (French 2018), spurred by work on the Lyotard-Jacques Monory encounter, and Picasso/Marx and Socialist realism in France, 2013. She is working on Photography, Body, Material, Concept: The Visual World of French Theory, vol. 2, again involving the texts of Jean-François Lyotard on Daniel Buren and Ruth Francken. She was principal curator of Paris , Capital of the Arts, 1900-1968 (Royal Academy London, Guggenheim Bilbao, 2002-3) and Pierre Klossowski, Whitechapel Art Gallery, 2006, touring to Cologne and Paris. A close relationship with the Centre Georges Pompidou, Paris, has extended throughout her career. Sarah Wilson was appointed Chevalier des Arts et des Lettres awarded by the French government for services to French culture in 1997. In 2015 she was a curator of the Ist Asian Biennale / 5th Guangzhou Triennale at the Guangdong Museum of Art and was awarded the AICA (International Association of Art Critics) prize for her distinguished contribution to art criticism.

 

Sarah Wilson’s former students hold prestigious posts in many museums and galleries worldwide; they teach at the universities of Cambridge, Bristol, Liverpool, Amsterdam among others; she taught Jeremy Deller who represented Great Britain at the Venice Biennale, 2013 and is proud of the Courtauld’s worldwide network. More is available on her personal website www.sarah-wilson.net including the full range of published work and research supervision.

東浩紀(株式会社ゲンロン/日本)

東浩紀(株式会社ゲンロン/日本)

How Can Database Animals Be Political Animals?

 

In my book On Animalizing Postmodernity (2001), published in English under the title of Otaku: Japan’s Database Animals, I argued that today’s consumers should be described as “database animals” who are living their social lives apart from any idea of the grand narrative, which Lyotard defined as the basis of modernity in his book The Postmodern Condition, published in 1979. My argument was founded on my observation of young Japanese fans of anime called otakus. However, the idea of human beings as database animals is becoming increasingly relevant as we are now watching public spaces being rapidly replaced by social networks, and a new kind of governmentality based on the so-called “big data” is emerging all over the world. Hegel’s (and Marx’s) grand narrative historically connected humans and politics as the principle of nation state and civil society. How can the relationship between human beings and politics be transformed after the collapse of the grand narrative? How can we reestablish a political space based on the database instead of the narrative? How can database animals be political animals?

Hiroki Azuma is a philosopher and critic. He was born in Tokyo in 1971 and obtained his Ph.D. from the University of Tokyo. After many years in the academic world, Azuma founded his own institute Genron Co.,Ltd, which curates dialogues, events and publishes the magazine Genron. Azuma is one of the most renowned critics in Japan and published numerous books including Ontological, Postal: On Jacques Derrida(1998, Suntory Prize), On Animalizing Postmodernity (2001, English translation in 2009 under the title of Otaku: Japan’s Database Animals), General Will 2.0(2011, English translation in 2014), and A Philosophy of the Tourist (2017, Mainichi Publishing Culture Award). He is also the author of the Mishima Prize winning novel Quantum Families (2009).

許煜(バウハウス大学ヴァイマル、CAA/香港)

許煜(バウハウス大学ヴァイマル、CAA/香港)

Exhibiting and Sensibilizing: Recontextualizing “Les Immatériaux”

 

From The Postmodern Condition (1979) to Inhuman (1988), Lyotard described the technological transformation of our society towards the end of the 20th century, and ceaselessly articulated a new sensibility already in formation but yet to be awaken. This sensibility is what we may call the postmodern episteme in the sense of Michel Foucault’s use of the term, though Lyotard didn’t employ the same term. In 1985, in the form of an exhibition titled Les Immatériaux, Lyotard with his team construct a scene in which this postmodern episteme is elaborated through various scenarios, industrial objects and art works. The reason for which Lyotard preferred calling it a manifestation instead of exhibition, is because the centre of discourse and the object of the show is sensibility. However, how can sensibility be an object of exhibition? It is in this exhibition, I propose, that Lyotard returned to the fundamental question and the task of art in the technological age, which remains an important inspiration and will demand our recontextualization in light of our current technological condition.

Yuk Hui currently teaches at the Bauhaus University in Weimar, Germany. Between 2012 to 2018, he taught philosophy at the Leuphana University Lüneburg; he is also researcher at the Centre international des études Simondonienne in Paris,  visiting professor at the China Academy of Art, and was visiting associate professor at the School of Creative Media at the City University of Hong Kong and visiting faculty at the Strelka Institute for Media, Architecture and Design in Moscow. Between 2013-2015 he carried out a research project on Lyotard’s 1985 exhibition Les Immatériaux and co-edited an anthology 30 Years after Les Immatériaux: Art, Science and Theory (2015), and author of On the Existence of Digital Objects (prefaced by Bernard Stiegler, University of Minnesota Press, March 2016), The Question Concerning Technology in China. An Essay in Cosmotechnics (Urbanomic, December 2016), Recursivity and Contingency (prefaced by Howard Caygill, Rowman and Littlefield International, March 2019).

ベルナール・スティグレール(ポンピドゥ・センターIRI研究所、CAA/フランス)

ベルナール・スティグレール(ポンピドゥ・センターIRI研究所、CAA/フランス)

From the «postmodern fable » to the fabulous Negantropocene Era

Reading Lyotard in the 21st Century

 

To take care of the anthropy, neguanthropy and anti-anthropie with Lyotard and beyond (it is also to say: beyond the West, its perimeter and its temporality): such will be the object of my communication, which will propose – after having clarified the main concepts of what I call a neguanthropology – a reading of this fable coming from Postmodern Moralities in the context that the Anthropocene era constitutes for us, and of which Lyotard does not envisage the limits.

 

We will of course also draw on the sources of The Postmodern Condition and the Inhuman. We maintain that the stake of the fable is undoubtedly less to know what the humanity will be when confronting the death of the Sun, like what Lyotard has reminded us in the fable, than to ask: in the light of a such fable, and of what is called the fabularity—such as the “fabulative function” that Bergson confronted with in The two sources of morality and religion and the Fable of Francis Ponge to Derrida—what can noesis become (de-venir), or what can come (ad-venir) from it?

Bernard Stiegler (1952) is a French philosopher based in Paris. He is president of the Institut de recherche et d’innovation (IRI), which he founded in 2006 at the Centre Georges-Pompidou. He is also a professor at the University of Technology of Compiègne where he teaches philosophy. Before taking up the post at the Pompidou Center, he was program director at the International College of Philosophy, Deputy Director General of the Institut National de l’Audiovisuel, then Director General at the Institut de Recherche et Coordination Acoustique/Musique (IRCAM, 2002-2005).

 

Professor Stiegler has published numerous books and articles on philosophy, technology, digitization, capitalism, consumer culture, etc. Among his writings, his three volumes of La technique et le temps (in English as Technics and Time), two volumes of De la misère symbolique, three volumes of Mécréance et discrédit and two volumes Constituer l’Europe are particularly well known. Professor Stiegler has a long term engagement with the relation between technology and philosophy, not only in a theoretical sense, but also situating them in industry and society as practices. He is one of the founders of the political group Ars Industrialis based in Paris, which calls for an industrial politics of spirit, by exploring the possibilities of the technology of spirit, to bring forth a new “life of the mind”. He published extensively on the problem of individuation in consumer capitalism, and he is working on the new possibility of an economy of contribution.

 

He led several research programmes in the domain of digital technologies applied to text, image, and sound, and he conceived and organised the Mémoires du Futur exhibition, presented at the Centre Pompidou in 1987.

 

李洋(北京大学/中国)

李洋(北京大学/中国)

Lyotard and the Genealogy of Cinema-alien

 

Jean-François Lyotard put forward the theory of “acinema” and its two possibilities based on “Libidinal Economy”. There are two forms of film movement as anti-libido devices which namely experimental film and underground film individually represent extremely static and extremely movement. That provides theoretical narrative for genealogy of experimental film in French contemporary philosophy in earliest time. He developed the discussion of “Anti-cinema” in his late film paper which provided research method for the form of Genealogy of “Cinema-alien”.

Li Yang is the vice-dean of the School of Arts of the Peking University, professor, doctoral supervisor as well as film producer. His main research interest is history of European film, film theory and western contemporary art theory. He graduated from the Université de Lille III with a doctorate in film studies. He is the senior visiting scholar of the ERASMUS program of the European Community of Colleges. He has hosted and participated in 7 projects supported by the national social science fund and has published more than 40 academic papers in journals such as WenYi YanJiu, Theoretical Studies in Literature and Art, Film Art and etc. He has published numerous books including Les gestes du western de Sergio Leone: pour une introduction à l’analyse gestuelle des films, The Ethics of View, Cinephilia: The History of Culture, etc. He is the chief editor of “Cinephilia Series” collection and has translated Cinema (written by Alain Badiou), Conversations avec Sergio Leone and Abbas Kiarostami: Cahiers du Cinema Livres into Chinese.

フィリップ・パレノ(アーティスト/フランス)

フィリップ・パレノ(アーティスト/フランス)

A Sequel to Les Immatériaux?

 

Les Immatériaux is one of the first exhibitions to imagine our digital future avant la lettre. The exhibition’s title may be translated as “The Immaterials” or “The Non-Materials.” For Lyotard it not only reflects a shift in the materials we use, but also in the very meaning of the term “material.” For the exhibition design, Lyotard conceived an open, labyrinthine parcours with one entrance and one exit but multiple possible pathways through the space. Walls were not solid structures but rather gray webs that stretched from floor to ceiling. Visitors wore headphones and listened to radio transmissions that faded in and out as they moved through the exhibition.

 

As Lyotard explained in the exhibition catalogue: “We wanted to awaken a sensibility, certainly not to indoctrinate minds. The exhibition is a postmodern dramaturgy. No heroes, no myths. A labyrinth of situations organized by questions: our sites. The visitor, in his solitude, is summoned to choose his way at the crossings of the webs that hold him and voices that call him. If we had answers, a ‘doctrine,’ why all this trouble? We would have raised our creed.”

 

What could we invent as a sequel to this?

Philippe Parreno is a contemporary French artist whose multidisciplinary practice includes collaborations with Pierre Huyghe, Liam Gillick, and Rirkrit Tiravanija. As part of his practice, Parreno examines how systems of representation as well as memories produce meaning. The artist’s incomplete film script L’Histoire d’un sentiment (1996), is gesture that calls attention to the narrative of producing through imagining a fictional creative project which will never be made. “What I would say is that without people like Daniel Buren or Larry Weiner I would have been really ashamed to proclaim myself a Conceptual artist,” he explained. Born in 1964 in Oran, Algeria, he grew up in Grenoble, France, attending the city’s École des Beaux-Arts before moving to Paris to study at the Institut des Hautes Études en Arts Plastiques at the Palais de Tokyo. First rising to prominence in the 1990s, his early works include video-conference lectures which incorporate footage from popular television shows and movies. In the years that followed, the artist has produced both visual works and written texts analyzing a number of topics. He continues to live and work in Paris, France. Today, Parreno’s work are held in the collections of the Solomon R. Guggenheim Museum in New York, the Tate Modern in London, and the Centre Georges Pompidou in Paris, among others.